ら抜き言葉、国が消滅する前に止めるべき

穂滝薫理



 先刻ご承知とは思うが、「ら抜き言葉」とは、本来なら「ら」が必要な場面で「ら」を省略した言葉のこと。「食べられる」と言うべきところを「食べれる」と言うとか、「見られる」ではなく「見れる」と言うなど。
 どちらにしても意味は通じるし、「見られる」と言うと「可能」なのか「受身」なのか、もしかしたら「敬語」なのかということがわかりにくく、「見れる」と言えば可能に限定できるため「ら抜き言葉」のほうがいい、という意見もある。例えば「いつも誰かに見られている気がする」と言うのが「受身」の意味で、「部長も社長逮捕のニュース見られました?」と言えば「敬語」になる。最後のやつは一般的には「ご欄になられました?」などと言うだろうけども。どちらも前後の文脈がなければ「見られ」の部分だけでは意味がわかりづらい。一方、「話題のドラマ、やっと見られたよ」と言えば「可能」の意味だが、これは「やっと見れたよ」とら抜きにすることで文脈なしに意味がわかるということだ。

 しかし、放っておくと、こういった流れはエスカレートするものだし、やがて止められなくなる可能性がある。
 意識高い系ビジネスマンの用語として半ば揶揄の対象だった「ジョインする」、「アグリーです」、「エビデンスある?」、「コンセンサス取っておいて」、「2時からブレストね」といったカタカナ用語も、少なくともIT系のオフィスワーカーには定着しそうな勢いだし、まだまだ増えかねない。
 逆に、や行のい段とえ段、わ行のい、う、え段は早くに失われ、五十音図から消滅してしまったし、「を」の音も消えつつある。昔は「最近の若者は“ゑ”抜き言葉でしゃべってけしからん」などと問題視されていたのかもしれない。だが、そのまま消えてしまった。誰も流れを止められなかったのだ。
 そこで、もし「ら抜き言葉」がエスカレートするとどうなるかを考えてみよう。

たらこ → たこ
 ごはんによく合うタラの卵も、大阪人が大好きな丸い小麦粉焼の具に。辛子明太子の読み方も「からしめんたこ」になるかも。
らくだ → くだ
 月の砂漠をはるばると、「中空の細長い棒(くだ)」にまたがった王子様とお姫様が旅をする歌があったかな?
ライオン → イオン
 百獣の王も地方(あるいは郊外)でマイルドヤンキーどもがたむろする大型スーパーマーケットのブランドに。いつもお世話になっております。
キキララ → キキ
 サンリオの双子のゆめ星雲キャラが絶対絶命の危機!
うる星やつら → うる星やつ
 うるさいのが1人だけに。あたるのことかな? もちろんヒロインのオニッコ宇宙人の名前は「ム」ちゃん。
オラオラオラオラオラ! → オオオオオ!
 それでいいのか条太郎。いやスタープラチナ。
ラストサムライ → ストさむい
 明治初期の日本を舞台にしたトム・クルーズ主演の名作映画も、労働組合が冬に行なったストライキに参加した男の悲哀みたいな物語に。
オーストラリア → オーストリア
 コアラやカンガルーが闊歩していた巨大な大陸国家がまるごとひとつ消滅。ハプスブルク家が王朝を復帰させて併合するのかもしれない。

 ……など、まだまだいくらでも出てくるだろう。これを野放しにすると、すでに五十音図からいくつかの音が消えたように、ら行からあ段が消えて「りるれろ」だけになってしまうだろう。もちろん、音階も「ドレミファソシド」になる。
 今ならまだ間に合う。やはり「ら抜き言葉」はここで食い止め止めねばなるまい。





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