穂滝薫理
電車通勤・通学をしているみなさん、朝夕の混雑お疲れさまです。電車という名の箱に身動きできないほど押し込まれ、発車、停車、カーブごとに前から後ろから横からと押され、ときどきガラの悪い男にカラまれたりもする。まったく満員電車というのは悪夢だ。ところで、東京では、朝夕以外にもう1回ラッシュアワーがある。終電(最終電車)だ。通常業務が夜間である人ばかりでなく、残業をしていたサラリーマンも、その日家に帰れる最後のチャンスである終電に殺到するのであろう。混みっぷりは、朝夕となんら変わらない。特にこの季節、忘年会あるいは新年会などで遅くまで飲んでいて、終電で帰る人も多くなるだろう。よっぱらいと共に満員電車で帰ることは考えるだけでも憂鬱になる。実は、終電は私の帰宅時間だ(その代わり朝が遅い)。疲れて帰るのにこの混雑はウンザリだと常々思っていた。そこで、なんとか電車のラッシュを緩和させる方法がないものか考えてみた。
1.まず、電車の本数を増やすという案。
これはすでにJRも実施していて、実はもう限界だ。たとえば、山手線渋谷駅新宿方面行平日朝8時台には24本もの電車が走っている。平均2.5分に1本だ。こんなに前の電車にくっつくぐらいのスケジュールで運行していても、あの混み具合。後ろから駅員に押してもらわないと乗り込めないようなあの混み具合。
それに終電に関しては、時間帯ではなく、終電というその1本に乗客が殺到する。つまり本数を増やしてもあまり意味がないし、実際に渋谷駅の例では、1時間に7本しか走っていない。この時間帯そのものは7本でまかなえるほどしか混雑していないということだ。
だから、別の方法が必要だ。
2.終電の時間をもっと遅くするという案はどうだろう。
これはおそらく2つの点で難しい。ひとつ目は、終電が遅くなって時間が変わったところで、今度はその時間が混むようになるだけだということだ。つまり、混雑のピークが終電に合わせて後ろにずれるだけのことである。これは、なぜ終電が混むかということを考えればわかる。最初に述べたように、その電車が、その日家に帰れる最後のチャンスだからだ。終電が遅くなれば、それに合わせて仕事を調節する。たぶん、仕事をする時間が長くなるだけのことなのだ。2つ目の点に行く前に、第3案を示して、それが困難であることを述べたい。
3.電車を24時間走らせるという案。
終電というその1本に乗客が集中するのなら、いっそ1日中電車を走らせて、問題の1本をなくしてしまえばよいのではないだろうか。そうすれば、夜遅くまで仕事をしている人でも、仕事の進み具合、あるいは気分などに合わせて好きな時刻に帰ることができ、1本に集中するということはなくなるハズである。この案は、第2案の2つ目の理由と同じ理由で困難だ。それは地元住民の猛反対にあうからだ。実は、電車の走行による騒音と振動はなかなかバカにならないものがある。私は昔、線路脇に住んでいたことがあるので、その経験から言わせてもらうと、深夜に電車を走らせるようなダイヤを組んだやつは死ね、と思う。昼間の騒音や振動はまだ我慢できる。というか、しばらく暮らしていると気にならなくなる。が、夜中の、特に寝ようとしたときのそれは、イライラを怒りへと変えるパワーを持っている。強行すれば、鉄道会社は怒れる地元住民によってやっかいな法廷闘争に巻き込まれることだろう。
もちろん、24時間走らせたところで朝夕の通勤ラッシュにはなんの効果もない。だから別の方法が必要だ。
4.無限軌道案。
ちょっと趣向を変えてSF的発想をしてみる。ここで言う無限軌道とは、キャタピラのことではない。電車という箱を無くし、全線路を動く歩道に変えてしまってはどうかという案である。駅で乗客を電車に詰め込み別の駅で吐き出すというシステムを改め、常に流れている軌道に、流れ作業におけるベルトコンベアのように次々と乗客を乗せていくというものである。急ぐ乗客のために速度の違う軌道を何本か用意してもいい。その場合、乗客はいきなり速い軌道に乗ることはできないから、いったん遅い軌道に乗り、相対速度の遅くなった次の速度の軌道に乗り換えていくことになる。動く歩道の場合は基本的に立ちっぱなしだが、この場合は座席を設けることが可能かもしれない。これなら、箱に押し込まれることによるギュウギュウ詰め、また発車、停車による押され感はなくなるだろう。
だが、この方法も、おそらく失敗するだろう。このシステムを作るのに莫大な金がかかるのは無視するとしても、混雑緩和には役立つまい。なぜなら、朝夕の通勤時に駅に集まる人の数が変わらないからだ。朝夕は、混んでいるのは電車だけではない、駅も混んでいる。あの駅の混雑ぶりがそのまま軌道上に持ち込まれるだけのことである。しかも、押されたりして、事故でも起これば、軌道を止めなくてはならない。無限軌道の最大の弱点は、軌道上のどこか1カ所でも止めたら、全体が止まってしまうことである。そして、それは頻繁に起こるであろうことが予想される。あの混雑を動く歩道に持ちこんで事故が起こらないなんて考えられないからだ。
ただし、終電に関しては、騒音と振動を抑えられれば回避できるかもしれない。それに、システムとしてはおもしろいので、乗車人数の限定される地域で試験的に導入してみるのは、逆にぜひやってもらいたいところでもある。
しかし、別の方法を考えよう。
5.混雑運賃徴収案。
というワケで、これが本命。いっしょに終電に乗っていた私の友人が「こんなに混雑した電車に乗せられてんだから、そのぶん、運賃を安くしてくれてもいいんじゃね?」と発言したのがヒントになった。逆だ。混雑している電車に乗っている人ほど、高額の運賃を請求するのである。現在の鉄道会社の運賃規定では、乗車距離によって運賃が定められている。だから、たとえば、JR中央線で新宿から三鷹まで行く人は、混んでいようが空いていようが、210円である。これを、空いているときは100円、混んでいるときは500円というように、混み具合によって差をつけるのである。みんなが欲しがるものは価格が高くなるのは資本主義の大原則だ。みんなが乗りたがる電車は運賃が高くなるのである。こうすると、当然、終電で帰ろうと思っていた人は、高い金額を払うのはバカらしいから、あるいは家計がもたないから、少しでも運賃の安い時間帯の電車で帰ろうとする。また、通常、通勤費は会社から支払われるものであるから、朝夕のラッシュ時に社員を電車に乗せるのは会社にとっても大きな負担になり、時間差通勤を進めることになるだろう。つまり、この案は、電車に乗る人の時間帯をばらけさせることにより、混雑そのものを無くすあるいは減らすという抜本的な解決方法なのである。もちろん、朝夕にも終電にも関係なく有効だ。
さて、実際の運用に関してはいくつも問題があるし、考えなくてはならないこともある。
まず、どれくらい混んでいたら、運賃をいくらにするのか。
モデルケースとして、新宿ー三鷹間で簡単なシミュレーションをしてみる。ちなみに、この区間を選んだのは、三鷹が東京のベッドタウンのひとつであり、新宿駅の中央線(正確には総武線)下りの終電が深夜1:01三鷹行きだからである。JR東日本によると、三鷹駅の1日の平均乗車人数は87,032人。仮にこのうち50,000人が上り電車に乗り、全員が新宿行きだとすると、三鷹駅上りの1日の売上は、210円×5万人=1050万円である。
なお、三鷹駅上りの時刻ごとの電車本数は以下の通り
4時台 3本
5時台 10本
6時台 15本
7時台 20本
8時台 20本
9時台 16本
10時台 8本
11時台 8本
12時台 8本
13時台 8本
14時台 8本
15時台 10本
16時台 17本
17時台 20本
18時台 17本
19時台 15本
20時台 11本
21時台 8本
22時台 7本
23時台 8本
24時台 3本
合計 172本
電車ごとの乗客数は公表されていないが、合計5万人となるよう、上記リストに適当に重みをつけて、時間帯ごとの乗車人数を割り出す。たとえば、4時台は1本あたり2人、7時台は1本あたり479人とする。実際とは違うだろうが、簡易シミュレーションということでご了承願いたい。ひたすら長くなるので計算は省略するが、この重みをつけた人数をもとに、1日の売上が1050万円を下らないように、運賃に差をつけると、4時台は1円、7時台は960円となる。なんと、960倍の運賃である。これだけ差があれば7時台の電車に乗るのがバカらしくなってくるハズである。
さて、このような価格差をつけたことで乗客がみんな安い価格帯に移動してしまったら、JRは売上が相当に落ちてしまうことになる。だから、運賃は日々の乗客数に応じて変更していく必要がある。すなわち、変動運賃制である。ここでは、時間帯ごとに運賃を計算したが、実際には1本ごとに前日の乗車数をもととし、翌日の運賃を決めることになるだろう。そうすると、理想的には、乗客がなるべく安い運賃の電車に乗るようになることにより、電車ごとの価格差が小さくなり210円に近づくだろう。これはすなわち、電車ごとの乗車数がほぼ同じになるということを意味する。その路線に十分な本数が走っていることが前提だが、満員電車がなくなるのである。
ところで、少し考えれば、運賃だけを変えてもうまく行かないことがわかる。
たとえば、安い時間帯のキップを買って、混んでいる電車に乗るということができてしまうからだ。また、安い時間帯のキップを買って、混雑時に乗りたい人に(多少価格を上乗せして)売りつけるというダフ屋が生まれるだろう。こうなっては、JRは売上を維持することができないし、混雑も緩和されない。そこで、キップの有効時間を厳しく制限する必要がある。あるいは19:02発電車用のキップはその電車にしか乗れないようにしなければならない。これは乗客に著しい不便を強いることになるので、大変大きな問題だ。
また、定期券は廃止されねばならない。ご存知のように定期券は、長期間にわたって定期的に電車に乗ることを前提に大幅に割引し前払いとしたもので、これを持っていれさえすれば、いつ乗ってもいいし何回乗ってもいい。それでは価格差をつけた意味がまったくなくなってしまう。
以上2つの問題を解決する方法は、いっそキップを廃し、ICカード化することである。このカードには、乗車時刻と乗車距離(区間)が記録され、それに応じて運賃を前払いあるいは後払いにする。前払いの場合は、現行のSuica(JR東日本の場合)のようにあらかじめ入金(チャージ)しておいた金額から乗車ごとに運賃が引かれていく。後払いの場合は月ごとに運賃をまとめ、銀行引き落としもしくはクレジットカードでの支払いとなる。定期券代わりに、定期割引オプションを付けてもいいだろう。一定金額以上乗る人には、ある程度の割引をして一括後払いとする契約である。ただし、安い時間帯への乗車変更をためらわせるほど割り引いてしまっては意味がないが。
このシステムを構築するのにも莫大な金がかかるだろうが、混雑時の価格をもう少し引き上げることによって、回収は可能なハズである。なにせ、混雑時は乗る人数が多いので、1円上げただけでも、売上に占める割合が大きいからだ。さらに、混雑時の価格がより高くなることで空いている時間への乗車変更も加速されることだろう。
鉄道会社各社さん、いかがですか?
参考文献:各駅の乗車人員(2006年度)
http://www.jreast.co.jp/passenger/index.html
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