さうす
「おばあちゃんの知恵」という言葉をご存知だろうか。
壮年以降の女性が、生活のさまざまな事項について、効率や品質を上げるために役立つ裏技的なノウハウを語ること、またはその蓄積を指す言い回しだが、少子高齢化と核家族化の進行が著しい昨今、「おばあちゃんの知恵」が語られる機会も徐々に少なくなってしまい、絶滅の危機が叫ばれて久しい。
そのため、近年では口伝に頼らず、文章化して集積・体系化して後世に残そう、という試み もあるようだ。
それはそうと話は変わるが、NHKの「みんなのうた」でむかし 「コンピューターおばあちゃん」という歌が流行ったことがある。
坂本龍一が編曲したテクノポップのメロディに乗って、何でも知っている博識な「おばあちゃん」を孫である「ぼく」が称える、という突拍子もない構図の歌詞と、前時代的なコンピュータの光る「キーボード」を、まるでテクノでも演奏するかのようにダイナミックに操作する「おばあちゃん」の近未来SFチックな映像に、一抹の懐かしさを覚える読者も多いのではないだろうか。
なんで唐突にこんな話を持ち出したかというと、先日 最終回が放映されたNHK教育のアニメ『電脳コイル』に登場する、「メガばあ」こと小此木早苗というキャラクターが、この「コンピューターおばあちゃん」をまさに髣髴とさせるような「電脳駄菓子屋 の店主」っぷりだったからである。
おなじNHK教育 どうし、なにか狙うところでもあったのかもしれないが、とにかく古流の暗号札(メタタグ)使いの「コンピューターおばあちゃん」が、時折繰り出す「おばあちゃんの知恵」は、「メガネ」と呼ばれるウェアラブル・コンピュータ が日常化した生活における「知恵」を体現していたと言っても過言ではない。
さて、TVやアニメを見ない読者を置いてきぼりにしかねないので、説明はこのあたりにすることとして、この2作から偶発的に想起されたのは、「現実のコンピュータ業界における『おばあちゃん』の『知恵』とは、いったいどんなものだろうか?」ということだ。
この疑問を解決するためには、まず問題を2つに分解する必要がある。つまり、こういうことだ。
1.コンピュータ業界における「おばあちゃん」とは?
2.そのおばあちゃんが持つ「知恵」とは、どんな種類なのか?
1.コンピュータ業界における「おばあちゃん」
まず見出されるのは、長年の「経験則」を持った「壮年以降の女性」だろう、という当然の演繹である。しかし、コンピュータ業界が他の業界と比べて持つ特異点が、この選択肢をあろうことか棄却してしまう。
なぜなら、コンピュータ業界には「ドッグ・イヤー(Dog Year)」という法則があるからである。
ドッグ・イヤーとは、コンピュータ業界の進歩が犬の年齢のごとく速く進み、トレンドが急速に過ぎ去ることの比喩である。具体的には、7倍の速度で過ぎ去ると言われている。つまり、犬の3歳は人間における21歳である、といった具合だ。
ここまで書けば理由はお分かりであろう。80年分の蓄積を持つ人(a)の実年齢は11歳半となってしまうし、実年齢80歳におけるリアルな「おばあちゃん」(b)と考えても、今度は560歳相当となってしまうのだ。前者(a)のような人物は、天才少年ハッカーを探せば見つかるかもしれないが、少なくとも前者(a)は「おばあちゃん」ではありえない。
2.そのおばあちゃんが持つ「知恵」
これはもちろん、普段の生活における『おばあちゃんの知恵』ではなく、コンピュータの操作や作業環境に特化した「知恵」が中心となる。これも、7倍の速度で古くなること、そして、コンピュータ業界の情報鮮度から言って、持って数十年だということに注意したい。そう、後者(b)の知識は560年前のもの。古すぎて「知恵」としては役に立たないのである。
いけない、これでは埒が明かない。
矛盾を解決するためには、「おばあちゃん」、つまり「祖母」の定義から見直す必要がありそうだ。
そもそも、「おばあちゃん」になるための資格とはなんなのか。このことを振り返ると、その答えは現実に存在することがわかる。
つまり、「孫」が誕生することである。
身の回りに、「孫」が生まれて、若くして「おばあちゃん」になった人 はいないだろうか? 重要なのは絶対的な年齢ではなく、「孫」が生まれている事のほうが、「おばあちゃん」と呼ばれる資格を得るためには意味を持つのである。
このことに気がついたところ、筆者はとんでもない思い違いをしていることに気がついた。
「おばあちゃん」は、コンピュータの操作者のことではない。2世代前のOSなのである。
現在もっとも普及しているMicrosoftのOSで言うと、筆者がこの論を書いている時点での最新OSはWindows Vistaであるから、Windows XPが直系の「母親」であることになる 。その先祖はWindows 2000とWindows Meである。彼女たちが「祖母」ということで間違いない。しっかりもののおばあちゃんと、愛嬌のあるおばあちゃん。
パッチ(膏薬)を当ててようやく使えるレベルで、だいいちもうすぐ死にそう(サポートが終了したから)だ。
とくにMeたんは、普通に使っているだけで「すごくぼけやすい」のである。ネギ好きという点も老人ぽい。風邪の際にお尻に入れるなんて俗信があるが、そういう時に使うんだと思えば納得もいくだろう。
PCの前で静かに目を閉じ、おもむろに瞑想すれば、こんなやり取りが目に浮かぶようだ。
「こないだ倉庫のマウスもらいに行ったんだけど……」
「うわ。PS2じゃない!!」
「えっHDDって、SCSIでつなぐんじゃないんですか?」
「おばあちゃんの頃とは常識が変わってるんですよ」
あ、ここまで書いて、大変なことに気がついてしまった。
OSのサポート期限が来るまでには、わずか5〜7年。2世代前はサポートを切ってしまう。
ビル・ゲイツの戦略は、つまるところ、なんと姥捨て山 なのである。じつにけしからん。
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