藤野竜樹
ドタタタ。
五段になって組み上げられていた人間ピラミッドが崩れる音だ。12月も押し迫ったこの日、寒風吹きすさぶ中で行われた組立体操に、生徒たちは手をかじかませながら打ち込んでいる。
受験対策のために文科省で定められた必須科目の未履修問題は、本年後半全国の高校で発覚し、世界史・倫理政経といった科目の集中講義が各地で慌ただしく行われている。が、岐阜県雁加茂市の鱧高校では、このほど世界史のほかにもあろうこと非常に多くの科目の未履修が発覚した。冒頭に掲げた奇妙な風景は、必須とされている体育の習得項目の一つ、体育祭を履修していなかったがための追加授業であり、生徒たちは父兄ら観客の全くいないグラウンドで黙々と競技を続けている。
「ぼくたち受験選抜クラスは体育祭に参加しませんでしたから、仕方ないといえばそれまでなんですが。」生徒の一人、A君は語る。「それにしてもあれ、バカにしてますよね。」彼が指差す先、自分たちの並んでいる場所とトラックを挟んで反対側にある場所にあるカキワリ(舞台に使用する背景の描いてある巨大な板)には、白や赤、青の帽子をかぶった生徒たちの絵が描いてある。「普通科の生徒たちですよ。僕たちは黄だから、対戦相手が無いとかわいそうだからって、教育委員会が作ったそうです。先生たちは『ありがたいことじゃないか。ご好意は心に染み入るよな。』なんて言ってますが、どこまで本気で言ってるのか...。」
彼はため息をつきながらも、二ヶ月遅れの応援合戦でカキワリの白組にエールを叫んでいた。
こうした滑稽な追加授業は全国各地で見られる。山形の高校では稲刈りの体験学習が未履修だったためにとっくに収穫の終わった田んぼの上でカマを振り回していたというし、また富山の高校では師走のこの時期に水泳大会をやるというからご苦労なことだ。(ただこの学校、あろうことか“スクール水着の授業”を未履修としていたらしい。それが本当ならとんでもない話だ。)
さて、鱧高校の話に戻る。禰宜鍋校長が空調の心地いい校長室で応じてくれた。「生徒たちには申し訳ないことをしてしまった。彼らにはセがサターン版ハイパーオリンピックをプレイさせたから問題ないと、教育委員会には申し開きをしたんだが。弁舌むなしく却下されてしまった。」
「なんらか責任をとるつもりはありますか。」
「いえ、私が体育祭を視察したときには生徒全員揃っていましたから。うまくサボったと聞いています。」
と、禰宜鍋氏は証拠ですと言わんばかりにその時の写真を見せてくれた。場所はグラウンド、リレーか何かをやっているのだろうトラックを全生徒が囲むという構図の写真で、禰宜鍋氏は右端に大きく写っている。貴賓席から撮ったものだろうか。
が、筆者は唖然とした。仕事上見慣れていることもあるとは言え、一目でわかったからだ。“これは偽装写真だ...。”
だいたい後ろ向きの校長は周囲の人から見て二周り大きく、北斗の拳に出てきた山のフドウみたいなのだ。筆者の目の前にいた校長は安西先生くらいの小柄だったというのに。それに合成も30年前の特撮レベルだ。フォトショップでも使えば余程ましにできるだろう。それに応援している生徒の一部が明らかにおかしい。そう、カキワリだ。それもさっきトラック向こうに置いてあったものと同じやつである。苦笑するのはこちらの絵の生徒の帽子が黄色だったことだ。
筆者が取材を終えたとき、雪の降り始めたグラウンドでは、黄組みの生徒たちが大玉ころがしをやっていた。当然黄色だったであろう大玉は、純白の雪玉と化し、一部の生徒も巻き込んで3倍の大きさに成長していた。
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