藤野竜樹
ここ数年で見違えるほど普及したものの一つに、信号機のダイオード化が挙げられる。従来の電球型信号に比べて低電力で長持ち、しかも明確に色を発色するとなれば、置き換わって当然だろう。赤・黄は従来からあったから、驚きは少ないかもしれないが、同製品を作るにネックとなっていた青色発光ダイオードはまさしく世の中を変えた発明の一つであった。だが、ほぼ一人で発明した中村修二氏は偉大とたたえられるべきだったにもかかわらず、雇用していた会社側の評価はあまりに低かった。立腹した氏はさまざまな行動を起こしたが、結局アメリカに渡り、防衛手段として裁判まで起こすことになっていた。
これは技術で喰っている日本にとっては重大な失態であろう。ことは中村氏一人の渡米というに留まらず、技術を持った人間は、日本においてはまっとうな評価がされないってことがこれ以上ないというほど顕在化してしまったからだ。今後も政府が技術者に対する無策を続けるならば、人材流出は止め処無く拡大することだろう。
技術者の国外流出を食い止めるために、どのような策を講じるのが得策であろうか。勿論、技術者の待遇を格段にアップすればよいことは言うまでもないが、官僚、金融業や資本家など、既特権に巣食う者達が、現構造を変革しようとするときに致命的な枷となることは眼に見えており、もたもたしている間に日本は脳みその足りない(そのくせ下半身だけは行動力のある)人間しか残らなくなってしまう。
筆者が生業とする分野が近い職業に、金型産業がある。かつて世界シェア四割と言われ、工作機械と共に世界一を誇った(自動車はまだ世界一ではないことに注意)同産業は近年では、中国を筆頭とするアジア諸国の急激な追い上げられつつある。これは価格競争で苦しいと言うことも勿論理由であるのだが、より大きな要因は他国技術力の急激な進歩にある。工作機械など最新機械をまるまる導入するといった成金な方法で施設そのものを日本レベルと同じ(もしくはそれ以上)としてしまうため、いきなり上級品質の金型を作り出せる企業が、突然中国の奥地に出現してしまうのである。
かような戦略で中国の金型産業は一気に力をつけたのである。だが、いくら最新と言っても所詮機械は機械、使う人間が一流でなければいいものは出来ない。ではどのようにして人的技術向上を行なったのか。実は、技術を指導する人として、日本で定年退職された金型職人さんを用いているのだ。破格の待遇と通訳つきで招かれた職人さんたちは、日本の若者に比べて熱心な彼らに対し熱意を持って指導した。それが実を結んだかどうかは、現在の状況に明確に現われている。
(結果として日本が苦境に立たされたとは言え、そうした職人さんを攻めることはできまい。日本では定年した人間は空気のような存在にされてしまうのだから。)
技術者の流出防止についてのヒントがしかし、上述の状況にはある。現状、かほどに不利を強いられている日本の技術者達が海外に移住しない理由の一つに、言葉の壁があるのだ。
もし世界何処でも同じ言葉、同じ文化が通じるとしたら、この国土に敢えて留まると考える人は激減するだろう。たまたま我々は日本にいて、たまたま独自言語であるため想像し難いかもしれないが、モデルケースとしては満州国などがある。満州国(満州国は日本ではない)は公用語として日本語が通じる国だったからこそ、日本人は何十万人も移住したのだ。
これは転じて言えば、言葉の壁が日本の技術者流出を現状程度に推し留めていると言っていいだろう。つまり、もし公教育による英語教育が発展を見、現状より数段でいい、英語力がアップした人材が多くなったとしたら、ただでさえ住みにくい日本に彼らが留まっているだろうか。
長々と生真面目なことを書いてきたが、わざわざ机上理論にしたのは、これが言いたかったからだ。すなわち、
英語教育をやめろ
ということ。わざわざ膨大な予算を投じて小学校から英語の授業をやろうなどという風潮が盛んになって来ているが、筆者に言わせればマヌケもいいところで、わざわざ将来の危機を速めていると言っても過言ではない。もしそんな予算が合ったら“英語を話せる技術者”に補助金を出して日本に留める方がよほどましだ。
さて、偶然にも筆者も技術者の端くれだから、自分はどうするだろうと考えていたのだが、その答えを持って終わりとしよう。いろいろ考えたのだが、よしんば今よりもっと優秀な技術を持っていて、しかも英語も堪能だったとしたら、筆者は勇躍、アメリカに赴くだろうか。否。やっぱり行かないだろう。では、自信をもってそう言い切れる理由は?
アメリカにはTV東京が無いからだ。
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