時をかける商品

杉山晃一



はじめに
「花の色は うつりにけりないたづらに わが身世にふるながめせしまに」(小野小町)

【現代訳】
 桜の花の色は,春の長雨により,むなしく色あせてしまった.
 ちょうど私の美貌が衰えたのと同じである.
 私が恋や世間のもろもろのことに思い悩んでいるうちに,時は無常に過ぎ去ってしまったのだ.

 要するに,可愛いだけでちやほやされ,好き勝手に生きてきた女が,目先のことだけにとらわれ日々を無駄に過ごすうちに,自らも衰え,驚愕する歌である.

 さて,世の中は多種多様な物で満ち溢れている.
 そして,それらは時を経て,必ず朽ちていく運命にある.時は全てを連れて行ってしまうのである.

 物がその能力もしくはその利用価値を保持していられる期間のことを「耐久年数」もしくは「耐用年数」という.(以下,「耐久年数」で用語を統一する.)
 しかし,実際にその値を厳密に知ることは不可能である.
 人間の場合「寿命」という,なんとも神がかり的な尺度があるが,人の寿命なんて,死ぬまで分からないのである.
 余命一年と医者に宣告された人が,長寿をまっとうする場合もあれば,昨日まで元気だった人が,交通事故であっけなく他界してしまうことだってある.
 同様に,新しく買ってきたTVがあと何年もつかなんて,壊れてみるまで分からないのである.
 画面が映らなくなっても,音だけは聞こえるからという理由で,使い続けるケースだって,ないとは言い切れない.

 まあ,それはともかく,物を商品として世に出す際,何らかの評価基準を設ける必要がある.
 そうでないと,その商品はもとより,企業そのもののイメージ,信頼が損なわれ,ビジネスが成り立たなくなるからである.
 交換部品,消耗品にいたっては,その性質上「耐久年数」を明示するのが一般的である.
 しかし,この値は,厳密に言えば予測の域を越えていない.

 例えば,耐久年数10年という部品を開発している企業があるとする.それを確かめるために,本当に10年かけて試験をするのは非効率的であり,無謀な行為と言える.
 試験をしている間,その企業では何ら利益が見込めないばかりか, 下手をすると,せっかくの市場チャンスをみすみす逃してしまうことになりかねない.そのため,後述のような予測解析が行なわれ,「だいたいこの位の年数もつだろう」という概算値が割り出される.
 これが「耐久年数」なのである.

 今回は,この「耐久年数」にまつわる話について論ずることにする.


1.耐久年数の算出方法

(1)予測解析
 一般的に,以下のような解析手法が用いられる.
●力学・物理試験による解析(継続的に力を加えることで劣化特性を見る.振動試験も同様.曲げ・圧縮強度,比重等を測る.)
●温度・湿度変化による解析(高低温繰返し,乾湿繰返しによる劣化促進を行なう.恒温室,恒湿室等を使用することもある.)
●紫外線照射による解析(人工的に天候条件(日照条件)を変化させ,劣化促進を行なう.主に外観の変化を見るのが目的.)

 何度も言うように,これらの解析結果はあくまで概算値(目安)であり,予測の域を越えていない.評価対象の「耐久年数」が長期間になればなる程,その値を厳密に知ることは難しくなる.
 実時間で評価を行なうのは非効率的であることから,擬似的ではあるが,短期間に結果が分かるような手法を取っているのである.

(2)実時間解析
 予測ではなく,実際に評価対象を長期間使用して,その劣化特性を測るもの.定期的な検査を行なう必要がある.
 耐久年数が長期間になればなる程,膨大な時間と手間(金)がかかり,現実的ではないため,
 このような手法はまずとられないと考える.

(1)(2)において,着目すべきポイントの例を挙げる.
●強度(外装・接点・可動部分等,材質特性を見る.)
●伝導率(熱・電気・空気,水等の伝わり方の変化を見る.)
●腐食度(錆・汚れ・炭化等,材質特性を見る.)
●機能(評価対象が持つ機能が正しく動作するか否かを見る.)


2.事例紹介(A社の例)
 A社は某大手電気メーカーの下請け会社である.
 北海道を拠点とし,従業員8名.小規模ながら,年間300億円という売上げを得ている.なぜ,これほどの莫大な利益を得ることができるのか?それは下記の理由による.

 A社は主に,家電製品の耐久年数を算出し,その結果を委託元の会社へフィードバックする業務を請け負っている.耐久年数算定におけるA社の実力は,まぎれもなく業界No.1であり,他社の追随を許さない.
 1983年7月生産の冷蔵庫の例を挙げてみる.これはA社が某電気メーカーから初めて請け負った業務である.
 某電気メーカーの設計担当者が耐久年数を「約15年」と見積もったのに対し,A社の出した結果はなんと,「11年3ヶ月2日5時間30分11秒」(コンプレッサーのシリンダ部分が磨耗により停止)という,驚異的な(秒単位まで正確な精度,故障個所の的確な特定)内容だったのである.
 後の調査によると,実際,この冷蔵庫に用いられたコンプレッサーは,10年以上の連続使用で故障することが判明している.ものは試しにということで,この評価対象の冷蔵庫を,某電気メーカー社内でそのまま使用し続けたところ,きっちり「11年3ヶ月2日5時間30分11秒」後に故障.原因はコンプレッサーの磨耗停止によるものであった.
 某電気メーカーとしては,事前にこの状況を知ることができたおかげで,仕様改善,交換部品対策,顧客対応等,迅速的確な処置を行なうことができ,多大なる損失を免れたばかりか,企業イメージアップにもつながった.

 「なぜ,そんなに細かい数値をはじき出せたのか?」と誰もが問うであろう.そんな問いかけに,A社の社員は口をそろえ「企業秘密です.」と答えるという.
 彼らの秘密管理能力は常人の域をはるかに上回るものである.
 ある時は産業スパイが,またある時は某国のテロリストが,A社の秘密を探ろうと,あらゆる手を駆使して挑んでくるのである.
 そのため,A社の社員は全員,武術全般,サバイバル技術,特殊工作技術に長けていると言われている.
 実のところ,A社は北海道に拠点があると言われているだけで,その所在地を知るものは,社員を除き誰もいない.もしかしたら,事務所そのものが存在しないのかもしれない.某電気メーカーからA社への連絡は,もっぱら携帯電話とメールだという.また,A社の社員の素性にも謎が多い.彼らが何処に住んでいるのかは一切不明である.
 8人全員が「李」という姓を名乗っていることから,A社が中国系の同族による組織であることが窺い知れる.実は,日本で何らかの秘密工作活動を行なっており,それを偽装するための隠れ蓑として,企業活動をしている,というのがもっぱらの噂である.
 そんな怪しげな組織ではあるが,上記の通り,仕事内容はピカイチで,おまけに人望も厚いため,某電気メーカーは一目置いているというのが,現状である.

 本稿を執筆するに当たり,インタビューに答えてくれた某電気メーカーの技術担当者はこんなことを言っていた.
「李さんとこには,試作段階,出荷前,出荷後の計3回,耐久年数を見てもらってるんですよ.いつも正確な値を割り出してくれるんで助かってます.これまで関わってきた商品は200以上ですかね.もう15年以上の付き合いになります.李さんは,いつお会いしても若々しくて,うらやましいです.」

 後半,気になるフレーズが混じっていたが,構わず次の質問をしてみた.
 A社への業務委託はどのようにして行なっているのか?
「ああ,1週間ほど,モノを預かってもらうんですよ.その間にどんな検査をしているのかは分かりませんがね.実際,戻ってきた時には,モノは本当に使い込んだみたいに古ぼけた状態になってますよ.検査結果には,部品単位での耐久年数や,材質強度,表面塗装等,詳細な結果が書かれてますね.我々としては結果が正確なら,調査過程は問わないってとこですかね.」

 A社が頑なに守っている秘密とは,実は時空跳躍技術であると,私はにらんでいる.そう考えれば,全てのつじつまが合うからである.

 ●秒単位まで正確な耐久年数の算出,故障個所の的確な特定について:
 これは,上記1.(2)にて述べた(時間と手間の問題から現実的ではない)実時間解析手法を,時間・空間を超越する技術によって克服し,実現していると考えられる.

 通常,A社社員は,次のような手順を踏んでいると考える.
 @耐久年数を算定すべき評価対象と評価者(A社社員)自身を過去(例えば20年前)に飛ばす.
 A一定期間毎に時間を跳躍していき,その都度,評価対象の劣化具合を見ていく.
 B故障個所が見つかった時点における経過時間,故障個所,解析結果のまとめを行なう.
 C現代(委託を受けてから1週間後)に戻る.
 D耐久年数と故障個所,解析結果を親会社に報告する.併せて評価対象も返却する.

 「11年3ヶ月2日5時間30分11秒」後に壊れると「予言」した冷蔵庫の場合は,次のようにしたのであろう.
 @’評価者(A社社員)自身が未来に跳躍する.
 A’評価対象の冷蔵庫が壊れる日時,故障個所をその目で確かめる.
 B’現代に戻ってきて,その結果を報告する.
 C’報告結果を立証するという名目で,その冷蔵庫を実際に継続使用してもらうよう,進言する.

 @,A,C,@’B’における時空跳躍はどのように行なっているのだろうか?
 これは謎である.タイムマシンのような装置を使っているのか,A社社員にそのような特殊能力が備わっているかのどちらかであろう.

●A社社員(李家の人間)が歳を取らない理由について:
 時空跳躍を繰り返している人は,通常の時間軸を生きる人に比べ,時の流れが緩やかになる.
 即ち,一般の人間に比べ,見かけ上,長寿になるのである.
 もう一つ,A社の社員が8人いることについて.
 もしかしたら,8人全員が同一人物なのではないだろうか?
 自らの風貌があまりにも変化しないことが,他への不信感をつのらせる要因になることは明白である.
 そのため,過去の自分,未来の自分を総動員して,8人体制のグループを構成し,状況に応じて使い分ける手法をとっているのかもしれない.

●A社社員の秘密管理について:
 おそらく,時空跳躍技術が公になることを恐れているふしがある.
 それによって起こるであろう世界的規模の混乱もしくは,当該技術を悪用されることを避けているのだと考える.

3.事例紹介(B社の例)
 A社がその圧倒的な精度で耐久年数を算出し,家電製品の品質向上に一役買うようになってから,四半世紀が過ぎた頃,世界的な大変革が起こることになる.
 「耐久年数」という概念が適用されない技術が発表されたのだ.それは即ち「絶対に壊れない」商品のことを意味する.どれだけ時間が経過しても,故障しないどころか,物理的破壊も不可能で,たとえ核兵器を用いても,傷一つ付けることができないのである.

 この技術を開発したB社は,岡山県を拠点とし世界各地に支店進出を果たした.従業員100名(固定).年間3700億円という売上げを得ており,単純換算(売上/従業員数)で言えば,A社と同等の売上規模の会社であった.
 A社と同様,B社についても謎が多い.どんな人が従業員として働いていたのか?
 そもそも,社長がどんな名前でどんな人だったのかすら分かっていない.

 B社の技術は,世界中で飛ぶように売れ,ライセンス契約やら,技術提携の問合わせが後を絶たず,世界標準規格となるのは時間の問題だった.
 不思議なことに,B社の経営スタイルは一貫しており,事業規模が拡大しても,増収増益を頑なに拒みつづけた.
 上述のように,従業員100名(固定)で事業を切盛りしており,人員補強を一切行なわなかったことからも,その独特な経営理念を垣間見ることができる.また,ライセンス契約の数が増えるにしたがって,一契約あたりのライセンス料は下がっていく仕組みになっていた.
 つまり,彼らの収益は常に一定水準を維持しており,決して増えることはなかったのである.

 当時の資料を紐解くと(2011年11月経済三行省報道発表より),
 その頃既にB社のライセンス契約数は世界人口の数万倍程度まで跳ね上がり,世界規模で単純平均してみると,世界中の人から,0.0001円/年を徴収していることに相当したそうである.

 B社の技術について簡単に説明すると,こうである.
 対象となる商品の素材もしくは外装にピラミッド型の結晶構造 を取り入れたのである.
 これにより,耐久年数が無限大に跳ね上がるだけでなく,物理的衝撃を一切受け付けない構造が実現されたのである.但し,これには精密かつ特殊な加工技術が必要であり,B社とのライセンス契約・技術提携を行なわない限り,実現不可能であった.

 2055年現在,わが国の「PROPS: ピラミッド保護率 」は99.999998%である.
 我々は無意識のうちにB社の技術を利用していることになる.

 一時期,B社の技術を採用した物質は256回の攻撃で破壊することができるという噂が流れたことがあったが,後にそれは全くのデマであることが,羽度孫大学の高橋教授によって実証された.
 (B社の正式名称は「Backqulla」と言う.このため,上記のようなデマが流れたのではないかと関係筋は分析している.)

 参考までに,B社の技術が採用されている商品の例を挙げてみる.
 (POPSとはB社の技術名称.Protection Of Pyramid Structureの略である.)
 ●POPS塗料(対象物の表面に塗布することにより,強度,耐久性が無限大になる.応用商品:POPS化粧品)
 ●POPS樹脂(対象物の表面素材をこの樹脂で構成することにより,外装はもとより内装が保護される.応用商品:POPS衣料)
 ●POPS燃料(エネルギー伝達効率100%の燃料.無限に再利用可能であり.永久機関の実現が可能となった.)


4.その後の展開
 B社の技術であるPOPSが世界中に浸透して半世紀が過ぎようとしている.POPSが発表された翌年の2011年12月,A社はB社に吸収統合された.この時期を境に,従来の産業構造は崩壊したばかりか,人類は全く別の道をたどることになる.
 一度作られたものは二度と壊れないため,大量生産・大量消費という図式は成立しなくなった.
 部品や素材の再利用・カスタマイズによる継続利用を前提とした商品開発が一般的となり,より斬新でかつ,創意工夫を要求されるコンテンツビジネスが急成長していった.

 もちろん,B社のPOPSに対抗するものとして,様々な妨害工作があったらしい.表沙汰になっているだけでも,以下の競合企業および技術が確認されている.
 C社のHIPHOP(Hyper Industry Product and Hyper Operational Production),D社のR&B(Roberst and Breakable)等.
 表沙汰にはなっていないが,B社に対する武力行使や,破壊工作も日常茶飯事だったと言われる.
 B社は,A社(李氏)と組むことにより,武術,サバイバル技術,特殊工作技術を保有することになり,これらの妨害工作をことごとく退ける結果となった.
 何よりも,A社の高精度な耐久年数算出技術(おそらく時空跳躍技術)がもたらした効果は絶大であったと推測される.
 A社の技術は,世界中のあらゆるものを根本から塗り替える(耐久年数<∞のものを皆無にする.敵からの攻撃をかわす.)ための所謂「センシング技術」「索敵技術」として大いに役立ったと思われる.

 その後,40年にわたるB社の貢献はめざましく,世界中から飢餓・戦争・犯罪までもが一掃されるに至った.ライセンス期間の終了(2005年〜2055年)をもって,B社はその役目を終え,解散した.
 彼らが今何処にいるのかを知るものはいない.

 B社がもたらした功績は以下の通りである.
 POPSは,物質の耐久年数を無限大にする.もちろん人間にも同じ効果をもたらすことになる.
 この結果,病気・怪我という概念が取払われ,世界中の人間が不老不死になった.永久機関の実現,食糧問題の解消にともない,貧困・飢餓といった状況は打開され,事故・災害による被害もゼロになった.武器自体,意味をなさなくなったため,戦争・犯罪も一掃されるに至った.ただ,POPSは良いことばかりではなく,以下のような副次効果もあった.

 副次効果:
 子供が生まれなくなった.なぜなら,世界中の人間の外見年齢が12歳に定着してしまったからである.(ぶっちゃけて言えば,生殖行為そのものが不可能となったのである.)
 図にするとこんな感じである.
──────────────────────────────
0〜11歳の人 → 12歳まで順次成長.その後の外見年齢はそのままで固定化.
13歳以上の人 → 12歳まで順次若返り.その後の外見年齢はそのままで固定化.
──────────────────────────────
 この結果,世界の人口は2010年時点 の70億人で打ち止めとなり,それ以降の増減はない.


 この状況が吉なのか凶なのかは,私には分からない.
 その答えは,今後の歴史に委ねることにする.

 最近になって,B社の社長の名前を入手する機会を得た.
 苗字は不明であるが,名前は「さくら」というらしい.
 謎は深まるばかりである.

参考文献
 書籍 :「ドラえもん」てんとう虫コミック版2巻25話「タイムふろしき」
     「ドラえもん」てんとう虫コミック版5巻77話「ドラえもんだらけ」
 アニメ:「りぜるまいん」
     「撲殺天使ドクロちゃん」
「おジャ魔女どれみドッカーン」第40話「どれみと魔女をやめた魔女」
2002.11.10(日)放送
 映画 :「ハイランダー」
     「アンブレイカブル」
 人物 : プリンセス天功,叶姉妹,小森まなみ,金田朋子他



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