日本の素敵なファーストオーダー

木賃ふくよし(芸名)



 早速ですが今回は、日本の伝統文化に触れてみたいと思います。
 今現在、あるある、と言えば「あるある大辞典」とか「あるある探検隊」を指すようですが、ワタクシの中で「あるある」と言えば、「クイズ 100人に聞きました」です。
 「とりあえず、○○○」という言葉を埋めなさい、と言われたら、どんな言葉が相応しいでしょう?
 色々あるかとは思いますが、「クイズ 100人に聞きました」なら1位は「とりあえず、ビール!」になる事は、想像に難くありません。
 さて。今回の論文は、日本の奥ゆかしい伝統文化、ファーストオーダーの一言について。
 ファーストオーダー・・・即ち、最初の注文の事です。
 最初の注文と言えば、日本人のDNAに刻み込まれたこの言葉があります。

 「とりあえずビール」

 ワタクシ、この言葉に関して色々と研究して参りましたので、その研究発表の場とさせていただきましょう。
 「とりあえず」 まずの関門はこの言葉から。

   とりあえず とりあへ― 【取り▽敢えず】
   (副)
   〔取るべきものも取らずに、の意から〕
   (1)いろいろしなければならないものの中でも第一に。さしあたって。まずはじめに。
   「―これだけはしておかなければならない」「―お知らせ申し上げます」
   (2)すぐに。直ちに。
   「取るものも―かけつける」

 というのが大辞林による解説。
 他のものは捨て置いても、まずはビールという意味である。これは、一見、正しいように見える。
 だが、ここで少し考え直して欲しい。
 色々しなければならない事とは、食べ物のオーダーや乾杯である。それを捨て置いても、まず最初にすべき事は飲み物のオーダーという事になる。
 そう。飲み物のオーダーではあっても、ビールのオーダーではないはずなのだ。
 周囲の意見を聞いても、「とりあえずビール」に反抗する人たちは多い。

  ●「とりあえずビール」って言うのはおっさん臭いから言いたくない。
  ●ちっとも、「とりあえず」じゃない。
  ●ビールが嫌いなのに、とりあえずで済ますな。
  ●個人の意見や好みを尊重して欲しい。

 など、反対派の意見はもっともである。
 では、賛成派の意見を聞いてみよう。

  ●面倒だし、最初はもう、ビールでいいよ。
  ●楽だし、とりあえずビールでいいんじゃない?
  ●最初はビールだろ。
  ●ビールしか飲まないし。

 世にビール党が多いので、多数派として、これもまた正しい意見ではある。
 中立派の意見を聞いてみよう。

  ●「とりあえずビール」って言いたくなかったけど、便利だし。
  ●乾杯の時はビールなんでしょう。
  ●まあ、強いて反対するほどでもない。

 など、中立と言うよりは、どちらかと言うと賛成派寄り。
 ワタクシは「とりあえずビール」に反対する訳ではないのですが、疑問を感じている立場だと言えます。
 「とりあえずビール」に続いて、最初に注文される(かつ、最初に提供される)食べ物は、ナマモノ(刺身など)である場合が多い。また、もずくやキュウリの酢の物が突き出しとなっている場合も多い。(枝豆などは例外)
 これを、食べ物と酒の相性という観点から見ると、ビールとナマモノ、ビールと酢の物の組み合わせは、決して良いとは言えない。
 しかも、ビールで喉もそろそろ潤ってきたし、日本酒でも飲もうか、というタイミングに限って、天麩羅やフライなどの揚げ物が提供されてくる。
 ビール党ならいざ知らず、油物との相性が良いビールは乾杯で、もはや用済みとなっているケースも見掛ける。
 確かに、最初の一杯に喉を潤すビールが重宝されるのは理解できる。しかし、必ずしもビールが好まれる訳でも、万能な訳でもない。なのに、これが絶対王政のように君臨しているのは何故なのか?
 では、何故この「とりあえずビール」が成り立ったのか、そのルーツを探ってみよう。
 日本ではいつしか、乾杯はビールジョッキが定番となっていた。
 それと言うのも、かつて、メニューにカクテルやらその他のメニューが存在しなかった事が一つの原因だろう。
 現在はメニューの多様化が進んだが、「乾杯はビール」の風習のみが根強く残ったものと推測される。
 では、どうして乾杯の酒が多様化しなかったのか? これは、年輩の人間がビールしか飲まないケースが多いため、それに倣ってビールを注文せざるをえなかったのではないだろうか。
 また、目上の人間に対して、まず酒を持って行かねばならない、まず乾杯の手配だけは迅速に行わねばならないと言う意識から、オーダー時間を短くするためにも、「全員ビールでイイな?」という暗黙の了解の域なのだろう。

 つまり、「とりあえずビール」とは、偶然ビールであったに過ぎない。
 取るものも取りあえず、最優先される事項は、偶然ビールではあったものの、実態はビールではない。
 取るものも取りあえず、最優先とされる事項は、
 日本人が最も大事にしている精神、「和」なのである。

 和の精神。
 スピリット・オブ・和。

 「とりあえずビール」とは、飲み会などで必要になってくる言葉である。
 本当はビールなんか飲みたくないかも知れない。ビールと食べ物の相性が悪いかも知れない。
 あるいは、「とりあえずビール」に何の違和感も感じないかも知れない。
 年功序列なんて糞食らえと思うかも知れない。目上の者を敬うだなんてまっぴらかも知れない。 しかし、「とりあえずビール」という人によっては理不尽を押し付けられた時、これを飲み込む器と、和の精神を、我々は先人から託されているのかも知れないのだ。
 そう。あなたがこれを読んで、納得してもいいし、反発してもいい。
 だが、「とりあえずビール」とはビールそのものではなく、日本人のDNAに刻み込まれた奥ゆかしさや協調性――、”SPIRIT OF WA”であるかも知れない事を、覚えて置いて欲しいのだ。

 で。
 何か、「とりあえずビール」に賛成してるんだか反対してるんだかサッパリわからない内容になりましたが、筆者が生業にしているのは、実はワインだったりします。
 だからという訳ではないのですが、個人的に、ウェルカムドリンクにはシャンパンなんかが良いと思うんですよ。シャレてるし、ビールよりも料理との相性幅が広いし、お腹もそんなにふくれないし。





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