松野陽一、渡辺ヤスヒロ
なぜだ? なぜ栗まんじゅうは食べるとなくなるんだ?!
ドラえもんのてんとう虫コミックス第17巻と言えばバイバインです。上記の哲学的とも言えるのび太の疑問に対するドラえもんの回答がバイバインを出すことでした。液体状のひみつ道具で栗まんじゅうに垂らすと、栗まんじゅうが5分で2個に増えると言うものです。増えた栗まんじゅうを食べても、残った栗まんじゅうは5分後のそれぞれが2個になるのです。常に1個残しておけば永遠に栗まんじゅうを食べ続けられることを発見したのび太だが、結局増える栗まんじゅうを処分出来ずドラえもんに泣きつき、ドラえもんは栗まんじゅうをロケットで宇宙に放り出すしかなかった。と、以上が話のあらすじです。非常にインパクトのある話ですので、覚えている人も多いのではないでしょうか。良く忘れられるのが道具の名前で、栗まんじゅうをどら焼と良く勘違いされることがあります。
この栗まんじゅう、順調に増えれば当然宇宙を埋めつくすと思われそうな気がします。しかし栗まんじゅうといえども宇宙空間に大量に存在すれば重力も発生します。それでも増えればやがてその栗まんじゅうばかりの空間が重力崩壊を起こしてブラックホール化すると言うことは理系の人が行き着く当然の既決です。ブラックホール化すれば増えた栗まんじゅうはどんどん落ち込むので周りに栗まんじゅう空間が増える事はないと思われます。つまり、宇宙は崩壊しないと言うわけです。もちろん、ブラックホールがどんどん巨大化することはあり得ますので、それによる崩壊もないとは言えないのですが。
そこで先ずは栗まんじゅうがブラックホールになるまでのシミュレーションを考えます。
栗まんじゅう空間中、栗まんじゅう密度がどんなもんかと言うところを計算してみました。
インターネットで適当に調べたところ、栗まんじゅうは一個50g程度のようです。(大きさがよく分からないので)仮に、直径3.6cmの球形であると仮定すると、その体積は
4/3 * pi * 1.8^3
で、24.4cm^3 となります。よって、その密度はざっと 2.0g/cm^3 ということになります。
空間に栗まんじゅうがどのくらい密に詰め込まれるか、という点も問題となります。とりあえず、面心立方格子の充填率74%と、体心立方格子の充填率68%の間を取って、充填率70%で栗まんじゅうが詰めこまれているとしましょう。
してみると、栗まんじゅうが詰めこまれた空間の平均密度は
2.0 * 0.70 g/cm^3
で、1.4g/cm^3 となります。
さて、本題の重力崩壊を起こすシュヴァルツシルト半径です。
計算を楽にするため、質量分布が球対称で静止している場合を考えます。
すなわち、巨大な球形の「栗まんじゅう空間」です。
この栗まんじゅう空間が外部に及ぼす重力は、アインシュタインの重力場の方程式に対するシュヴァルツシルトの外部解となります。細かい計算は全てすっ飛ばしてしまって...
(詳細は『時空と重力』(藤井保憲著、産業図書)143ページ以下を読まれたい。初学者におすすめの本である)
シュヴァルツシルト半径aは
a = 2Gm / c^2 ・・・(1)
です。ここで、Gは万有引力定数、mは栗まんじゅう全体の質量、cは光速。
栗まんじゅう空間の平均密度をρとして、半径をRとするとその質量mは
m = 4πρR^3 / 3 ・・・(2)
です。(1)に代入して
a = 8πGρR^3 / 3c^2 ・・・(3)
Rがaを下回ったとき、栗まんじゅうはブラックホールとなるわけです。すなわち
8πGρR^2 / 3c^2 > 1 ・・・(4)
(2)を使ってRをmとρとで表すと(4)は
m^2ρ > 3c^6 / 32πG^3 ・・・(5)
となり、(5)の右辺をCGS単位系で表すと 7.33 * 10^82 です。
ρとして1.4g/cm^3を代入すると、
m > 2.3 * 10^41 g
を得る。ちなみにこの質量は太陽の一億倍程度です。
一個50gの栗まんじゅうがこの質量に達する個数は
4.6 * 10^39 個
と計算できますので、このときのRの大きさは
3.4 * 10^13 cm = 3.4 * 10^8 km
これは太陽〜地球間の2倍強、太陽から出発して火星軌道を過ぎてしばらく行ったところに相当する。
最初一個だった栗まんじゅうがここまでなるのに要する分裂回数は実に132回。5分おきに分裂するので、所用時間は約11時間ということになります。
冥王星軌道の直径が8光時程度なので、ロケットが光速程度の速度で飛んだとしてもブラックホール化が始まる場所は太陽系外ではあるもののかなり近所です。宇宙そのものが崩壊することは無いのですが太陽系がサクっと崩壊するには十分ですね。
問題は他にも色々と考えられます。
・栗まんじゅうは食べられると分裂しなくなっている。これはバイバインが栗まんじゅうを認識しており、栗まんじゅうでなくなった場合に分裂を止めているからであると考えられるが、果たして栗まんじゅうが栗まんじゅうでなくなるのはいつからなのか?
・ドラえもんは栗まんじゅうを処分しきれなかった。これは、焼却や粉砕や融解等の破壊、冷凍や時間停止等の一時凍結、スモールライト等による小型化、タイム風呂敷等による時間退行(遡行)による『無かった事にする』、四次元ポケットに入れる、等いくつもの方法が考えられるが実行されなかった。これはバイバインの性能がドラえもんの能力を越えていると考える事が出来る。もちろんドラえもんは割りとマヌケなのでこれらの方法が思い付かなかった可能性もある。
・ロケットの性能はかなり高く、ブラックホール化しても光速を越える速度で遠くへ運び続けている。
ロケットが光速に近い速度で飛んでいるため、時間の進み方がゆっくりになっていて飛び立った後にまだ分裂していないと言うオチも考えられますね。それなら宇宙を光速で巡回していても増えないから安心できます。やっぱりさすがドラえもんですね。ロケットは宇宙の果てに送るのではなく光速で飛ばすと言うことのために使うとは。
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