シリアスシーンは苦手だな

加藤法之



 正義のヒーローの格好良さはと問われて、我々の頭の中に去来するものを整理すると、その多くを担っているのがいわゆる“必殺技”である。ウルトラマンのスペシウム光線にしても仮面ライダーのライダーキックにしても、苦闘の末に繰り出されるその技は、我々の胸を常に熱くする。そんな必殺技について思いを馳せるとき、最近同時にあるものがこの必殺技の条件をとても良く満たしていると思えるようになっている。奇妙に思えるかも知れないが、“つっこみ”がそれだ。
 盛り上がってきたところでタイミング良く繰り出されるところや、発せられたら最後、必ずその場の決着が付くところ、鋭さが要求されるところ、「なんでやねん!」という決まり文句があることなど、どこをとってもつっこみは必殺技なのである。
 今回は、お笑いにその青春を燃やし、つっこみ必殺技説を体現した一人の芸人の話をすることで、つっこみの決めワザとしての素質を示してみたいと思う。


 どこからか、口笛でヤン坊マー坊を吹きながらやってきた屋葺ジョーは、カーネルサンダースにつっこんでいたところ、耽美段平にその才能を見いだされた。段平はジョーに漫才で組まないかと誘うが、一匹狼のジョーはそれを拒み、サトちゃんを相手にボケまくっていたところを補導されてしまう。
 ジョーのボケは医師の前でも留まるところを知らず、微妙なギャグが判らない昭和ヒトケタのその医師は、誤解をしてジョーを精神課に送る。
 彼のボケも流石に“ホンモノ”の患者達には伝わらないので、ジョーは脱走を試みるが、オヤジギャグで看護婦を凍り付かせた隙に抜け出たところを、見知らぬ男の鋭いつっこみを受け、計画は頓挫する。
 男の名は力右とおる。とおるちゃんの名で笑点大喜利にも出る気鋭だったが、客にいかさまだと罵られたことについカッとなり、「なんだとこのキ○ガイ!!」と生放送中に言ってしまったため、病院送りとなったのだった。
 自分より面白い奴に会った悔しさに震えるジョーに、段平からの手紙が届く。

『お笑いのためにその1 つっこみ ・脇を締め、肘を支点として腕を回転させ、自分の隣にいる相方の胸やや内側に、抉り込むように打つべし。』

 その夜、隔離病室のベッドを壁に立てかけ、それが壊れるまで練習するジョーの姿があった。


 つっこみは、その行為がなされることを“打つ”とか“放つ”とか“繰り出す”などと表現されることがあるが、これなども必殺技の条件を満たす一つであると言えよう。つっこみを“打つ”と表現したのは、攻撃的漫才を得意とした金龍飛だと言われている。金は相方がボケを見せるや、息をも付かせぬつっこみを仕掛け、相方はあまりの勢いに次のボケを出すことが出来なかったという。つっこみの基礎を指導する文面の中でそうした単語が出てくるということで、段平のお笑いに対する姿勢を垣間見ることが出来る。


 次の日、ジョーは力右に勝負を挑み、善戦するも、返り討ちに合う。
「わからねぇ。一発目のつっこみはプロ級の腕前だったのに、ボケはまるでド素人だ。わからねぇ。」
 捨て台詞を吐く力右の声を聞きながら、ジョーは落胆する。そんな彼が再び送ってきた段平の手紙を、貪るように読んだのは無理からぬ事だったろう。

『お笑いのためにその2 ボケ
・客の反応を見、相手が油断しているところに全神経を集中してはぐらかすべし。連打可。』

 ジョーは練習に励むが、試す機会が来ないまま力右が退院すると聞いて焦る。彼は苦肉の策で、力右の退院祝いに患者達出演の漫才大会を企画する事に成功する。  当日、見学に混じってきた段平に、ジョーは必笑の策を受けた。そのギャグは力右と組んだ漫才中に披露して見事に決まり、引き分けに持ち込んだ。そのギャグこそ、『お笑いのためにその3 クロスつっこみ』だった。


 つっこみに来た相手の腕を受け流すようにして更なるつっこみをかける。自分のペースに持っていこうとしたところを逆に規制されるため、相手に与える精神的ダメージは通常の倍になる。これは“クロスつっこみ”と言われており、相手の一瞬の隙を突かねばならないため、プロでも高座クラスの芸人でないと出来ない高度な技である。


 クロスつっこみのあまりの威力にジョー達二人はダブルノックダウンし、舞台から運ばれた。そんな強烈な二人のコンビを見た他の患者達も、おそるおそるながら自分達で漫才を始めてゆき、そんな舞台に白木みのる子は、「自分だけで完結していた彼ら患者達が、いつの間にか他人と協調してお笑いをするようになっている。」と称賛するのだった。
 その後力右はプロでの再会を約して退院し、やがてそれを追うように、ジョーも退院したのだった。

 退院したジョーは、段平と組んで芸名“竜ん田ジョー”を名乗り、“竜ん田ボーイズ”としてお笑いを志すが、所属する丹下興業が興行権を剥奪されていたため(丹下興業社長である段平が芸人“竜ん田段平”の時、客が居眠りをしているところを叩き出したというのが表向きの理由だが、「あいつは面白くない。」と言われていたのが実状らしい。)に、舞台に上がることが出来なかった。ジョーは当時新進気鋭の若手だったウルフ金蔵の記者会見時に顔を出し、さんざんボケまくった挙げ句、金蔵の出したつっこみにクロスつっこみをかけ、あろうことかその場を“落として”しまい、マスコミの前でその実力をアピールしてデビューを果たしたという。

 正式に出演依頼のあった日、二人は泪橋を通りながら誓ったという。
「受けなきゃこのはしを渡って帰れねぇよ。」
「じゃぁ真ん中を渡ってこよう。」

 こうして世間の耳目を集めるようになったジョーだが、そのお笑いは非常に荒っぽい魅力を出していた。と言うのも、彼の舞台はボケが主なのだが、当然入る相手のつっこみに対し無防備につっこまれるに委せるノーガード戦法を取っており、相方が落ちを取りに行く最後の最後で相手に入れるつっこみは、必ずその話を“落とした”のである。
 そんな彼の舞台は今でも語り草になる物が多いが、ウルフ金蔵との絡みで見せた“ダブルつっこみ”vs“トリプルつっこみ”や、ジョーの相方になるために二階級も座布団を落としたライバル、力右とおるとの息詰まる舞台は感動的ですらあった。
 この舞台は、ジョーのノーガード戦法に対抗して力右もガードを解き、お互いに二〇分ボケまくるという果てしない闘いが続いた。観客もしびれを切らしかけた最後の最後、ジョーが隙を見て出したダブルつっこみを避けて繰り出した力右の“ドツキ”が勝負を決めた。試合後のジョーの、「あそこでとどめのドツキとはね。関西は奥が深いや。負けたよ。」の一言は客に大受けしたが、握手を求めて差し出した腕は、力右に握られることはなかった。無理な座布団減らしをした上、舞台中ジョーが出したつっこみでシークレットブーツが脱げてしまったため、背が低くなりすぎて届かなかったのである。
「最後まで(客を)持っていきやがって。」ジョーは悔しがった。


 当時はスポ笑(“スポーツお笑いもの”の略)ブームまっただ中で、力右のふざけたライバルとしての人気は主人公のジョーを上回ると言っても良いくらいで、上記舞台を最後に引退した力右を惜しんで、実際にお別れ会までが開かれたという。
 集まった300人ほどのファンは厳粛な雰囲気の中、喪服で押し殺しているからこそ体現できるクスクス笑いに酔いしれたという。人生最後の舞台まで特殊な笑いのために捧げた力右、彼はそれほどに、芸人だったのだろう。


 これが元でその後、ジョーはしばらくの間つっこみが打てなくなり、芸人としての危機に陥るが、無感動の帝王カルロス・ビーンとの共演で見事に復活を果たす。
 ビーンはその後、BBCゴールデンタイムのタイトルを取るため日本を離れたが、次にジョーに入ってきたのは、ビーンが破れるの報であった。ビーンは念願のオンエアに入ってわずか3分で、相手のコークスクリューつっこみによって、クマのぬいぐるみを貫かれて舞台に沈んだそうなのだ。
 ジョーはその時、対戦相手の名、モンティパイソンの名を始めて聞くことになった。

 この後ジョーに更に衝撃の追い打ちをかけたのは、自分の舞台の下にボロボロの服を着たカルロスを見つけたことであった。ジョーは彼を楽屋に連れて行くが、イスに座らせるだけでもくどいほど繰り返される寛平ギャグに、かつてのキレは全くなくなっていた。
「天然だわ。」白木みのる子は言った。「つっこみを撃たれ過ぎると、自分の科白がボケだか天然だか判らなくなるのよ。」


 ボケドランカーとは、現代医学をもってしても直らない恐怖の病気だ。とくに頼まれてもいないのにギャグをかましてしまうが、天性のタイミングとひらめきがもたらすキレの良さはどこえやら、気が付くと単なるオヤジギャグを放っていたことに気付くというもので、観客のウケを取った芸人ほど後年になって発病しやすい。この病気に発病すると、その芸人は、まるで大受けの客の中心にいるかのような陶酔感に日常の中で浸るようになり、そうなると自分が何をしてもウケているという錯覚を本人に与えてしまうのだ。当然そうしたなかで取られた患者の行動にはいわゆる“計算づく”でやる本来のギャグとは違ったニュアンスが周囲に匂ってくるわけで、それは限りなく“天然”に近いと判断されてしまうのである。これは白木も言うように、お笑いの中でつっこみを受け続けたことが原因になることは判っているのだが、三半規管のどこかに異常が生じるという鳳説も確たる証拠があるわけではなく、その発病のメカニズムはもう、「え、もぅ何だかわかりまへん。」と匙を投げているのが現状である。


 天然になっても、カルロスの身体が覚えているのか、ゆっくりとジョーの脇に彼は立ち、それは往年のお笑い芸人のそれになる。
「へいジョー。コンビ、コンビね。」
「あの稲妻のようなつっこみが、こんなになっちまって。」ジョーの目が思わず潤む。
 だが運命は非情だ。カルロスを隣の部屋で寝かせようと扉を開けたとき、ジョーは無意識にドアに頭をぶっつけていたのだ。それをギャグと思えなかった周囲の人々は思わずハッとする。もしや彼も...。
 無言で立ち去るジョーの欽チャン走りは笑えなかったという。

 これ以降も舞台に上がり続けたジョーは快調に受け続けたが、ある日楽屋に見知らぬ男が訪ねてくる。彼は何も言わず、ただジョーの肩に軽く触れただけで、「幸運を。」と言って去っていった。
 その後丹下興業に帰ったジョーは、驚いた表情の段平に言われる。「お、おめぇ、ずっとそれで帰ってきたんか。」
 どういう意味だ。ジョーは不審に思って上着を脱ぐと、上着の背中には、いつの間にか紙が貼ってあり、なんとそこには“バカ”とあったのだ。
 道理で背中に視線を感じたわけだ。ジョーは震える声で呟いた。
「お、俺はこれで山手線乗っちまったんだぞ。」


 お笑いの中には、本人がみっともない行為をしていることに気付かないことを本人以外の誰もが判っているからおかしいといった種類のものがある。社会の窓を開け放って歩く行為がその最たるもので、気付いたときの心理的打撃は、それまでの行為に格好つけていた行動が多ければ多いほど大きくなる。モンティの何気ない言葉は、事情を知らぬその時のジョーには称賛と受け取れたであろうから、それはジョーのその後の行動に深く影響を与えたであろうことは想像に難くないのである。ジョーの震える声はその結果として発せられたものだとすれば...、恐るべし、モンティパイソン...。


 いよいよジョーはモンティとコンビを組むことになった。TV中継もされ、お笑いとしては異例のNHK総合日曜7:00の枠だ。
 楽屋でジョーは白木みのる子から、彼自身も重度のボケドランカー症状が出ていることを知らされる。そして、モンティとのコンビが症状を悪化させることも。
「自分のギャグだもんな、薄々はな。」ジョーは冷静に分析する。
 しかしそれも、今の彼をして、舞台に上がる決意を鈍らせることは出来なかった。白木は思わず彼の行く手を塞ぎ、
「好きなのよ。屋葺君。」白木は言った。「好きだったのよ。あなたの阿弥陀ババァ、あのギャグが消えてしまったらもう。」
「俺は夫婦漫才は出来ないんだ。」ジョーは静かに答えた。「どいてくれないか。世界一の男が待ってる。」
 去っていく足音を聞きながら、白木みのる子はその場で立ちつくすしかなかった...。
 ドアにスカートが挟まっていたからである。

 ショーが始まった。司会者がモンティとジョーを紹介する。
「俺は舞台に上がった瞬間、芸に目覚める。くすくすと笑い上戸の女子大生しか笑わせられないそんじょそこらのボキャ天芸人とはわけが違う。本物のお笑いが、俺の内から燃え上がるんだ。」
 ジョーは段平にそう告げると、モンティと共にスポットライトの中を舞台中央に進んだ。

 ジョーは先制のつっこみを繰り出す。が、世界のモンティは高等テクニックでジョーのギャグのオチを見切るので、ダメージを与えられない。そればかりか、嘲笑うかのように英語で放送禁止用語を連発する。
「ディレクター、あんなのありか。」段平は抗議するが。
「NHKでは訳さなきゃ何でもいいんだよ。」と、一蹴されてしまう。
 これじゃぁ、日本語しか喋れないジョーが不利だ。そうは言っても段平は手をこまねくしかない。

 しかしそんな中、始めてジョーのつっこみが効いた。見切った筈のオチとは別のギャグだったので、思わずモンティはたじろいだのだ。すかさずジョーはコマネチからナハナハまでのせんだギャグでラッシュをかける。チャンピオンも思わずダウンするが、臨時ニュースに救われる。
 ニュース後のモンティはまたオチを見切りだした。よく考えればラッシュ後のジョーのギャグは古い物ばかりだ。モンティはジョーが最近のネタを使い尽くしたに過ぎないことに気付いたのだ。
 だが、にも拘わらず、モンティはジョーを畏れ始めていた。つっこんでもつっこんでも向かってくる、隣の男は一体何者なのだ。持ちネタを使い尽くして、彼はもう立っているのが精一杯のボロボロの状態の筈だ。はっ、とモンティは驚愕する。「彼はひょっとして、台本を忘れているんじゃないのか。だとしたら私は恐い。段取りを忘れている男を相手に、この場を落とせるわけがない。」
「○×;@>*!!」動揺したモンティは思わず日本語で卑猥語を言ってしまい、「生放送なんだぞ!」とディレクターから怒られてしまう。

 ジョーはボケながら考える。「この話が終わったら、ドサ回りでもするかな。」

 ジョーのギャグが決まる。アダモステからのクロスつっこみだ。更に東村山音頭の四、三、一丁目のラッシュ。ダウンするモンティの回りをヒゲダンスで踊る。
 ジョーのひょうきん族からドリフ、吉本のコンボが見事に決まって、NHKホールは湧きに湧いた。カーネルもサトちゃんも金蔵も、かつてのコンビが喝采を送る。
 そしてここで、放送終了!
 ジョーは呟いた。「燃え尽きた。」

 結果は? 判定で、モンティ。前半の抗議電話の本数が効いたか。だが、ディレクターに称えられるモンティの姿は、力無く色褪せてしまっていた。これからのハイビジョン時代の到来に、その古くさい映像は鑑賞に堪えられないだろう。

 ジョーは、駆け寄ってきた白木に、座布団を渡すと、「座って欲しいんだ。」とだけ言うと、静かに眠った。
 思わず受け取った白木だが、彼女はハッとして座布団を落とし、そのまま凍り付いた様に立ちつくした。ホール内の観客達も、同様にその異常に気付いて立ち上がっていく。
 ジョーはその寝顔で、くしゃおじさんの真似をしていたのである。

                           ええ加減にしなさい。



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