“呪い”は気から!

門馬一昭



 貴方は誰かを心から憎いと思ったことがありますか? できることなら呪ってやりたいと思ったことがありますか? そして今現在のまさにこの瞬間にも呪いたい相手がいますか? もしそうならこの論文がお役に立てるかも知れません。

 まず“呪い”と一口に言ってもその方法も形態も様々です。メジャーなところでは、小動物をイケニエにした怪しげな儀式を用いて悪魔さんとかに代行してもらうといった主体性のかけらもない他人任せなものや、深夜にわら人形を神社の巨木に打ち付けたり、あるいは最近流行した例の怖いビデオテープを送りつけたりするものがあります。しかし、本論分ではそういった“呪い”の手段ではなく、“呪い”の効果をより引き出す方法、いわば"呪いの演出"ついて以下で述べていきます。

 まず、“呪い”の効果とは何でしょうか? 世間で「俺って呪われてるかも」とか「これはもう呪われているとしか思えない」とかいう言葉を耳に、もしくは貴方自身が言ったことがきっとあることでしょう。私の調べたところではこういった発言をした人々は皆、その当時原因不明の不運や失敗などが連続して発生していました。ところが彼らの話を詳細に分析すると、その不運や失敗のほぼ全ては彼ら自身の不注意に原因があったという結論に達するのです。こうした統計学的な見地から導出された“呪い”の効果とはまさに次の一点、「被呪者の注意力(判断力)を低下させる」ということに他なりません。

 さて、残念ながら被儒者を“呪い”で直接的に抹殺することはできませんが、上記のような効果は確かにあります。では具体的には何をどうすればよいのでしょうか? といっても効果的に“呪い”を実行するのは実はそれほど難しいことではありません。“呪い”の実行者がしなければならないことはたった一つだけ、被呪者に呪われていることを教えてやるのです。もちろん、あくまでも噂という形で。するとどうでしょう? 自分が呪われていると言われては誰だって良い気分ではいられません。少なからず気味悪く思い、漠然とした不安に襲われます。後述の"呪いの演出"も駆使すれば、やがて思考に集中力を欠いた被呪者は疑心暗鬼に陥り(程度の大小はあるでしょうが)確実に自滅への道を歩むでしょう。

 それではいよいよ具体的な"呪いの演出"について述べましょう。被呪者に呪われていることを伝えるのはもちろん、その“呪い”によりリアリティを加える為の演出を忘れてはいけません。簡単な例を挙げると、被呪者のデスクにわら人形や怪文書を入れておくとか、占い師と共謀して被呪者が呪われていると断言させる。といったものが常套手段です。その際にわら人形には被呪者の顔写真を貼って釘を打ち、怪文書には被呪者の葬儀の通知などを文面に用いましょう。そして適当な占い師の知己がないならば占い師そのものをでっちあげるという方法もあります。

 このように“呪い”はとかく陰湿なイメージを持たれがちですが、実際には効果を得る為の努力を怠ってはならず、むしろアグレッシブにさえ行動しなければならないものなのです。



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