書き順のばかばかしさ

穂滝薫理




 小学校では、国語の授業で漢字の書き順を習う。そのこと自体は別に悪いことではない。しかし、小学校ではまた、漢字の書き順のテストを行なうのである。ひどいところ(私立の小中学校)になると、入試試験で書き順のテストがあるという。いまだに。これほどばかばかしい話はない。有名なところでは、“右”という漢字と“左”という漢字では書き始めが違うというもの。そんなのどっちだっていいじゃん。そんなの覚えるくらいなら、ポケモンのモンスターの名前や能力を覚えたほうがよっぽどましだ。
 書き順は、国語能力の本質とは関係がなく、実社会ではまったく役に立たないばかりか、それをテストするということは子供に余計な苦痛を与える以外のなにものでもない。実社会で役に立たない学校の授業はほかにもたくさんあるが、小中学校で習うものは将来のための布石だから、一通りなんでも教えておくという考え方には納得がいく。たとえば、理科の科学反応式みたいなものは、ほとんどの人が社会に出てから一度も使ったことがないと思うが、小中学校で習ったおかげで科学に目覚め、科学者を目指す人にとっては非常に役立っていたことになる。義務教育は、まだなにができるか、なにがやりたいのかわからず、可能性でしかない子供に、その進む道へのヒントを与えるものだと考えれば、ほとんどの教育は無駄ではない。もし、いっさい理科を教えない国があったとしたら、その国から科学者が出ることはまずないだろう。多種多様な職業や考え方、そして専門家を持つ国家ほど繁栄と軌道修正の可能性が開けていることは否定できない。しかし、書き順についてはどうか。この世の中に書き順学者は存在するか。科学は人類を救うかもしれないが、書き順は何を救うのか。書き順のテストは、通信簿の順列をつける以外に何か子供のためになっているのか。

 ジャストシステムという会社の『一太郎スマイル』(※)は、小学生向けのパソコン用ワープロソフトである。学校で習う漢字に合わせて、変換の第一候補が変わるというなかなかのスグレモノだ。たとえば、1年生が書けば“こくごのべんきょう”となる文章も、6年生が書けば“国語の勉強”になるといった具合。小学生でもワープロで文章を書く時代がついにやってきたのだ。以前にもこの論文集で書いたが、ワープロで文章を書くとき、書き順はまったく必要とされない。必要なのは正しい国語能力と、正しい漢字を選ぶという選択能力だけである。

 以上から考えて、将来、漢字の書き順テストは全廃すべきである。そんなことで国語能力を計られてはたまったものではない。だからいつまでたっても日本人の国語能力は向上しないのだ。ところで、学ぶこととテストすることは違う。たとえば、みなさんも漢字のなりたちを象形文字だのなんだのと習ったことと思う。馬という字はもともと絵のような馬が記号化したものだ、みたいなやつだ。しかし、「馬という字のもとになった象形文字を書きなさい」なんていうテスト問題があるだろうか。知識として知っていれば、将来なんらかの役に立つかもしれず(たとえ酒の席でのネタになるようなことでも)、正確なところは調べればよい。しかしテストとなると、ちょっとした間違いも許されず、またすべての文字を網羅して覚えなくてはならない。そんな勉強に時間を費やすくらいなら、本の1冊でも読んだほうがいい。

 というワケで、全国の先生方、書き順のテストなんて即刻やめてもらいたい。
 唐突だが、われわれの書くものはたしかに、“空論”かもしれない。しかし、まだ“机上”のものに留まっているだけましというものだろう。書き順テストが必要だという考えがあるとすれば、それは“生きた空論”としか言いようがない。


※一太郎スマイル:この製品の詳細はジャストシステムのホームページで紹介されている。
http://www.justsystem.co.jp/product/applicat/smile/index.html


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