うとうやすかた
覚醒剤が日本での社会問題となって半世紀がたとうとしています。今回、既に良く知られたこれらの薬物とは違った新しい「合法覚醒剤」なるものを体験できたのでご報告します。その実態は通り名とは全く異なり規制を受けている向精神薬であり、使用には十分な配慮が必要な薬物です。
話題とする薬物はリタリンという中枢神経刺激薬で日本で現状唯一の医療目的で処方できる覚醒性の薬物です。また類似の処方薬や今後流行の考えられる覚醒系のドラッグも含めて解説します。
1.法的制限
リタリンは一般名を塩酸メチルフェニデートといい、向精神薬の中でもっとも管理の厳しい第1種に指定されています(因みに有名なハルシオンは最も軽い第3種です)。米国でもヘロインなどの麻薬の次に厳しいスケジュールUに指定されています。
その他の精神刺激薬、ベタナミンやカロパンも向精神薬に指定されています。これらはともに「麻薬及び向精神薬取締法」で取り締まられていますが、同法は向精神薬を覚醒剤や大麻、麻薬とは異なり、使用、所持、譲受(購入や受け取ること)を規制していません。本来医療目的の薬品なので依存性薬物としての取締りは厳しくないのです。
また米国等では普通の処方薬の一部とされており、日本では覚醒剤として厳しく取り締まられているアンフェタミンも同じレベルの制限で医薬品として同列に扱われています。
2.入手方法
リタリンは精神・神経科でしか処方できません。かつて作家では、色川武大(阿佐田哲也)、中島らも、筒井康隆、森内俊雄らが服用していました。現在では制限が厳しくなり、うつ病での処方は絶望的な状況です。ナルコレプシーという突発的に眠ってしまう難病にのみ処方されます。精神科の文献でも「詐病(病気を偽って受診する、仮病)によりリタリンの処方を受けようとする例が見られる」と警告を発しています。
ナルコレプシーの認定には脳波検査を行います。ナルコレプシー患者の脳波は閉眼時と開眼時のα波出現が健常者と逆転する特異な現象が現われます。徹夜続きや催眠剤作用下とは明らかにパターンが異なります。また抗体による検査も可能で、ナルコレプシーを偽るのは甚だ困難というほかありません。
一方で、非合法な取り引きでは、主にレイブ、クラブ等で流れているようです。その流通価格は1錠あたり3,000円程度で、本物の覚醒剤よりも高価なほどです。副作用や依存性の弱さ、国内の低品質のコカイン程度の効果はあることなどから需要があるようです。インターネット上では500〜2,000円程度が相場のようですが、かなりの数のネット詐欺(代金のみ送らせて、商品を引き渡さないなどの手口)が報告されており、注意が必要です。
ベタナミンはリタリンが副作用などで使用できない場合に処方します。薬局でも常備していてない所が多く、リタリン以上に入手が困難です。
カロパンは既に製造を中止しているようで、古い文献には掲載されていますが最新の医薬品DBからも削除されており、既に処方されていないようです。
モダフィニールとアドラフィニールは多幸感は弱いようですが、不眠不休の作業などには価値があるようで軍での使用に実績があります。個人輸入が可能です。
3.薬剤
(1)リタリン
ナルコレプシーの患者か他の抗鬱剤が効果の無いうつ病患者に短期間処方します。
1錠中に塩酸メチルフェニデートを10mg含有し、ナルコレプシー患者には1日に最高6錠、うつ病患者には最高3錠を1日2〜3回に分けて処方します。
中枢神経を刺激し、眠気をとり、覚醒度、集中力を高めます。また爽快感や軽い多幸感により患者を元気にさせます。
処方範囲から外れていますが、医師の判断により、夜尿症などの児童に処方されている例が内部より告発されています(障害児施設勤務者からの私信)。小児等への投与については『(a)6歳未満の幼児には投与しない[安全性が確立していない](b)小児に長期投与した場合,体重増加の抑制,成長遅延が報告されている』と注意が発せられているます。ただし、米国では多動性注意障害児への代表的処方薬です。
(2)リタリンの実感
日々、受験勉強や仕事に追われる者にとって、また気分がすぐれず嫌気に悩まされる者にとってリタリンはまさに「神の薬」です。服用して30分ぐらいで全身に気力がみなぎり、眠気を忘れ、集中して作業がこなせます。カフェイン(あるいはコーヒーやお茶)と違って焦燥感を感じることも無く、メタンフェタミン(覚醒剤)のような無駄な常同運動(無意味な同じ事を繰り返してしまう現象)も起こりません。メタンフェタミンに比べて依存性や耐性形成がずっと遅くまた軽いのでとても使いやすい薬です。
またスニッフィング(鼻粘膜からの吸収)を覚えれば、この貴重な薬を僅かな量で集中して効果を上げることができるので、夕方以降の残業や試験のような短期決戦でも威力を発揮します。
アルコールの酔いを打ち消すので絶対にミスをできない接待の席でも何も恐いものはありません。(これは肝臓への負担が大きいので危険です)
(3)ベタナミン
リタリンに比べ半減期が長いため、1日1回の処方で済むなどの長所もありますが、肝毒性などの副作用に注意する必要があります。
(4)カロパン
カロパンは既に製造しておらず、処方についての情報をえられませんでした。
(5)モダフィニールおよびアドラフィニール
モダフィニールおよびアドラフィニールは新しいタイプの中枢刺激薬で、まだ日本では認可されていません。個人での使用に限り、輸入が可能ですが、肝臓への毒性が強いことが難点です。モダフィニールは毒性の点でアドラフィニールを改善したものですが、日本人にはまだ毒性が強いこと、価格が高価であることなどが残念です。
4.乱用と副作用
リタリンは愛好者の間で「合法覚醒剤」などと呼ばれ乱用が問題になっています。マスコミはリタリンを単に覚醒剤と呼んでいますが、法的には向精神薬です(もっとも、戦前の文献ではカフェインも覚醒剤と呼んでいる場合があります)。'98年に千葉県の医師が受験勉強中の長男に医師でありながら不法に処方した疑いで県警に家宅捜索、事情聴取されたのは記憶に新しいものです。
米国では児童の多動性集中障害に処方されるため小学生などの若年者で乱用が見られ、 '90年代のコカインとして世論を賑わせています。現地でのストリートネームは「R」、「Rボール」、「スマートドラッグ(賢くなる薬)」、「ウェストコースト(西海岸:長距離ドライバーの友)」、「貧乏人のキャンデー(安いコカイン)」などです。(スマートドラッグという言葉は日本では別の意味に使われています)
覚醒作用としてメタンフェタミン(いわゆる日本の覚醒剤)とカフェインの中間程度の力を持ち、爽快感や大量服用によって多幸感が得られる場合があり、依存者を出す原因となっています。乱用者は深夜の仕事や日中の集中力向上の目的のほか、気分を高揚させてて踊り明かすなど、リクリエーション目的での使用例が見られます。最近の乱用者では錠剤を粉末にして鼻から吸い込み(スニッフと呼ぶ)、鼻粘膜から薬剤を吸収することで、短時間に強力に効果を発現させる乱用がみられます。肝臓を通さずに血中に取込むため、急速に血中濃度が上昇し、肝臓等への負担が大きくリスクの高い服用方法です。
米国では水に溶かし溶液を静脈注射する例も報告されています。メチルフェニデート自体は水溶性ですが、リタリンの主成分は錠剤の10%程度(散剤では1%)で、ほかにタルクなど水に溶けにくい成分を含んでいます(表参照)。水溶性でない成分は血液中でも溶けることなく血管を流れ、肺の微細血管に栓塞を起こすため、肺機能の障害を起こす恐れがあり大変危険です。
リタリンに含まれる主成分以外の不純物(形成剤等) |
乳糖、スターチ、ポリエチレングリコール、ステアリン酸マグネシウム、蔗糖、タルク、鉱油Q |
中枢神経を刺激するので鎮静系の薬物、睡眠薬やアルコール、アヘン系薬物と反対の働きをします。そのため、飲酒に対し、酩酊感を妨げ、結果として大量の飲酒を可能にします。肝臓への負担はとても大きいため、リタリン服用者はアルコール飲料の摂取量には気を付ける必要があります。これを逆手に使って、重要な宴席などで酔わないように利用したり、運転前に酔いを覚ますため、あるいは二日酔いによる精神の低下を高揚させるなどの乱用例が見られます。
連用することにより依存性をもつ薬剤なので注意が必要です。連日60mg以上の大量連用していた患者が突然服薬を中止したことにより精神錯乱に陥った例があります。副作用には頭痛や口渇などがみられます。当然ながら不眠を催すので、夕方以降の服用は避けるべきです。覚醒系の薬物全般にいえることですが、食欲を抑える作用があるので服用は食後が望ましいです。逆に言えば、ダイエットに効果があると考えられます。しかし、このためにはフェンテルミンやフェンフルラミン(どちらも日本では禁止)や、マジンドール(食欲抑制剤)がのぞましいとされます。また交感神経を刺激することから直腸の運動を促し、便意を催すことがあるようです。
ベタナミンはリタリンよりも肝臓への毒性が高いので、定期的な血液検査などが必要です。
5.未承認の精神刺激薬(モダフィニール、アドラフィニール)
(1)モダフィニール
リタリンよりも睡眠への影響が少なく、起きていたい時は起きていられ、眠りたいときには眠れる薬です。肉体労働には向きますが、集中力の向上はさほどでもないようです。またフランス軍での使用実績があるそうです。肝臓への毒性があるので、服用には注意が必要です。
未承認薬なので個人使用に限り1ヶ月以内の分量を輸入可能です。ただ高価なのが残念です。
また、リタリンの主要消費者であるナルコレプシーの患者団体、なるこ会は本薬の承認を厚生省に対し陳情しています。
(2)アドラフィニール
モダフィニールの原型となった薬で肝臓への毒性の強さが欠点です。これも未承認薬なので輸入が可能です。モダフィニールよりも安価に購入が可能です。
終わりに
なお、本稿はインターネット上で活動されている「ドラッグ調査室」のB氏との共同研究をわたくし名で発表させていただきました。貴重な資料や研究成果、写真等の提供を深く感謝します。
なお、リタリンを含む向精神薬は麻薬及び向精神薬取締法の適用を受けています。
付録
リタリンの医薬品情報を参考として掲載します。
塩酸メチルフェニデートmethylphenidate hydrochloride
中枢神経興奮剤
【組成】 [散]:1% [錠]:1錠中10 mg
塩酸メチルフェニデートは白色の結晶性の粉末で,においはない。水又はメタノールに溶けやすく,氷酢酸,エタノール又はクロロホルムにやや溶けやすく,ジクロルメタンにやや溶けにくく,無水酢酸又はアセトンに溶けにくく,酢酸エチルに極めて溶けにくい。水溶液(1→20)のpHは3.5〜5.0。水溶液(1→20)は旋光性がない。融点:約205゜C(分解)
【適応】
(1)ナルコレプシー
(2)抗うつ薬で効果の不十分な次の疾患に対する抗うつ薬との併用:難治性うつ病,遷延性うつ病
【用法】
(1)ナルコレプシー:1日20〜60 mg,1〜2回に分服(増減)
(2)難治性うつ病,遷延性うつ病:1日20〜30 mg2〜3回に分服(増減)
【注意】
(1)禁忌
(a)過度の不安,緊張,興奮性のある患者[中枢神経刺激作用により症状を悪化させることがある]
(b)緑内障のある患者[眼圧を上昇させるおそれがある]
(c)甲状腺機能亢進のある患者[循環器系に影響を及ぼすことがある]
(d)不整頻拍,狭心症のある患者[症状が悪化するおそれがある]
(e)本剤に対し過敏症の既往歴のある患者
(f)運動性チック,Tourette症候群の患者又はその既往歴・家族歴のある患者[症状を悪化又は誘発させることがある]
(g)重症うつ病の患者[抑うつ症状が悪化するおそれがある]
(2)原則禁忌:6歳未満の幼児(小児等への投与の項参照)
(3)慎重投与
(a)てんかんの既往歴のある患者[けいれん閾値を低下させ,発作を誘発させるおそれがある]
(b)高血圧の患者[血圧を上昇させるおそれがある]
(4)重要な基本的注意
(a)覚せい効果があるので,不眠に注意し,夕刻以後の服薬は原則として避けさせる
(b)連用により薬物依存を生じることがあるので,観察を十分に行い,用量及び使用期間に注意し,特に薬物依存,アルコール中毒等の既往歴のある患者には慎重に投与する
(c)投与中の患者には,自動車の運転等危険を伴う機械の操作には従事させないように注意する
【作用】
(1)薬物動態(外国健常人,14C-標識体経口投与):血漿中14C(主に代謝産物)濃度は投与約2時間後最高。8,48時間後の尿中排泄率はそれぞれ50,90%,糞中にはごく少量。尿中主要代謝産物は脱エステル化体80%。半減期7時間
(2)臨床成績:ナルコレプシーに対する有効率89.6%(95/106)。二重盲検比較試験で有用性が認められている
(3)薬効薬理
(a)中枢興奮作用:大脳半球及び脳幹に高く分布(ラット・経口投与),上位運動中枢及び知覚・感覚系作用が示唆されるが,作用機序はまだ不明。マウス,ラット,ウサギ,イヌに0.5〜5 mg/kgの経口又は非経口的投与で運動亢進,攻撃的行動,闘争的衝動等の中枢性興奮症状
(b)自発運動に及ぼす影響:マウスに15 mg/kg経口投与による振動カゴ実験では1時間後に運動量は未処置群の4倍,ラットによる回転カゴ実験では10 mg/kg経口投与で自発運動は著明に亢進。この運動亢進作用は強さと持続性でメタンフェタミンとカフェインのほぼ中間
(c)睡眠に及ぼす影響:REM型ナルコレプシーの患者(13例)に10〜40 mg投与し,同日の午前(無投薬)と午後(試験薬投与後)2回反復時の1時間のポリグラフィでは,入眠前覚せい持続時間(入眠潜時)が3.5倍に延長,強力な覚せい作用。入眠時REM期の持続時間が短縮,REM睡眠抑制作用
参考文献
医療薬・日本医薬品集
保険薬辞典
医療用医薬品識別ハンドブック
長期投与医薬品便覧
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