さよなら錯覚また来て死角

杉山晃一




1.はじめに
 人間の知覚系というのは実は結構なタイムラグがある。それでも我々はあたかも瞬間に起こった事象を捉えているような気になっている。これを『リアルタイムの錯覚』と呼ぶことにする。
 また、先入観や精神・思考の状態遷移によって物事を全く別物として捉えてしまうことがある。これを『深層意識の錯覚』と呼ぶことにする。
 本論文では、多かれ少なかれこのような錯覚や思い違いの下で生活しているという実状を踏まえ、多様化する情報社会をどのように生きていくかについて議論していくものとする。


2.リアルタイムの錯覚

 光の進む速さは秒速30万km。1光年離れた星の瞬きを見る時、それは1年前の光を見ていることに他ならない。更にミクロな見方をすると、主体が1m離れた人を見る時、それが網膜に写し出される光の写像として捉えるものとすれば、

  光速=30万km/秒=3億m/秒                 (1)

であるから、実は3億分の1秒前のその人を見ていることになる。

 (1)式と同様に考えれば、主体が1m離れた人の発する声を聞く時、

  音の進む速さ=360m/秒                   (2)

であるから、実は360分の1秒前のその人の声を聞いていることになる。

 これらの例はいずれも主体が視覚系・聴覚系を通して得た『遅延』情報に関するものであり、実際に脳内で認知するまでの時間を含んでいない。この時間を仮に100分の1秒とすれば、結果としてどんなに近くの物を見たり聞いたりしても主体は約100分の1秒より前の事象についてしか知覚できないことになる。
 人間はこのような遅延情報に対し、あたかもその瞬間に起こったこととして捉えたつもりになっている。これが『リアルタイムの錯覚』である。


3.深層意識の錯覚

 少し見方を変えて、我々が知らず知らずのうちに本質を見誤り、物事を全く別物として知覚してしまう場合について考えてみる。このような現象を本論文では『深層意識の錯覚』と呼ぶことにする。『深層意識の錯覚』には大きく分けて以下の2つが考えられる。

 3.1先入観による錯覚


 例えば、数年前にM社とS社がOEMでCDプレーヤーを開発し、外観だけ変えて同時発売したことがあった。しかし、ある雑誌に載った家電メーカー別商品比較によると、評価が全く異なっていた(どちらが低い評価だったかは敢えて伏せておく)。
同じ部品で同じように作られたものの評価にこれ程の差が生じたのは、企業イメージとかの先入観によるものである。大体、音に艶があるとかないとか、キレがあるとかコクがあるとか、そんなことは私のような凡人には錯覚する以前に、理解すらできないのである。

 3.2状態遷移による錯覚

 物事は時間と共に変化する。変化しないのはサザエさんとドラえもん位である。
 昔読んだ本を新たに読み返してみると以前とは全く違った印象を受けるのは、時間とともに主体の精神や思考の状態が遷移してしまったからに他ならない。では、昔読んだ時に受けた印象と現在の印象はどちらが錯覚なのであろうか?実はどちらも錯覚なのでる。何故なら、またしばらく経って、同じ本を読んだ時、きっとまた別の印象を受けるからである。(註)
 有力な例としては、お気に入りのアーティスト等のCDがある。初めて聞いたときに違和感があった場合、何度も聞き込んでいくうちに次第に洗脳され、さも気に入っているかのような錯覚に陥るのである。


(註) この論文にしても、読者様に非常に共感して頂けることもあれば、全く違った捉え方をされることもある。これはひとえに筆者の精神構造と文章作成能力に依存するものであるから、大半は私の責任である。が、あからさまに否定されたり、全く別の考えを私に押しつけられても困るので、そういう方はこれを見た事実は錯覚だったと思って忘れて頂いて、御自分の立派な論文をお書き下さい。

4.錯覚の構造モデル

 以上述べてきた各種の錯覚についてまとめるため、図-1のようなモデルを考える。

 【深層意識レベル】
   深い   
        
                            『深層意識の錯覚』
            
            
            
            
            
 
   浅い              
               
  過去            現在             未来【時間】

           図-1 錯覚の構造モデル

 図-1に示す通り、『リアルタイムの錯覚』は深層意識レベルが他と比べて浅いことから、より感覚的な錯覚と位置付けられる。また、『深層意識の錯覚』については、「状態遷移による錯覚」が時間によって変動するのに対し、「先入観による錯覚」はそれほど変動せず、より意識的な錯覚と見ることができる。

 読者様にこの論文を読んで頂く場合、まず、視覚系を通した遅延情報を基に『リアルタイムの錯覚』が生じる。そして、それまでの人生経緯によって、ある印象を受けるが、ここに上述の「状態遷移による錯覚」や下手をすると「先入観による錯覚」も生じることになる。
 筆者の立場からすると、この論文を書いている最中に私←→計算機の間に『リアルタイムの錯覚』が生じている。そして、この論文を書くためのヒントを得てから、かれこれ3カ月の状態遷移が生じており、更には色々と思い込みや先入観が盛り込まれた文を構成している。このことから、筆者と読者様の間には図-1のような錯覚の二重構造が成されていることになる。


5.まとめ

 ここまで述べてきたように、世の中は錯覚に満ちあふれているのである。ついさっきまで正しいと思っていたことが実は大嘘だったりするのである。従って、一ヶ月が21日しかないと思ったりしても、餃子定食を頼んだらラーメンだけしか持ってこられなかったりしても、上司の話が昨日と今日とでは正反対であっても、ウィンドウズアクセラレータが突然認識されなくなってもいたしかたないことなのである。
 重要なのは、このような予測のつかないことに躊躇せず、自分を見失わないことを心掛けることである。




論文リストへ