加藤法之
国際救助隊と呼ばれる組織がある。彼らはどこの国にも属さず、突発的に起こる事故の、不可能と思われる危難にどこからともなく颯爽と現れては、死に瀕している人々を救い出す。その電光石火の早業からか、彼らのことは誰ともなく、”サンダーバード”と呼んでいる。
彼らの持つ数々の特殊装備は、どれもこれも現代の科学水準から飛び抜けており、平和利用以外に用いられることは極めて危険である。そのため、彼らについて知り得ることはほとんどなく、その行動も隠密性が最重要視されている。よってその正体は”さる物好きな大富豪”とも、”ある奇特な資産家”とも、”どこかのお節介なお金持ち”とも言われ、全容は謎に包まれている。
しかしここに、ある想いに身を焦がす少女がいる。風呂にはいると背中に十字の痕が浮き出る悩み...、ではなく。巨大亀と精神交感ができてしまう悩み...でもない。それは井村屋の水ようかんとか三越屋上のお化け屋敷くらいではとても冷やせないくらいの、深く情熱的な恋心で、昨今の彼女は身も細らんばかりにたいそう胸を痛めているのであった。
事の起こりは、ある日彼女が町でふと眼があったパイラ人に絡まれて危うく献血車に乗せられそうになったところを、突如上空から現れたロケット型飛行艇が助けてくれた時に始まる。
ヒトデ型の宇宙人の身体に体当たりで突き刺さった飛行艇から出てきた男性は、「や、大丈夫ですかお嬢さん。」と呼びかけながら、さっと少女の身体を助け起こした。自分がB型であることを知られる危険をとりとめた彼女はたいそう喜び、「あの、せめて記念写真を。」とニコンの一眼レフを取り出したが、「いえお気になさらずに。ほんの通りすがりの正義の味方ですから。」と月並みな科白を言って彼は飛び去ってしまったのだ...。
「せめて後ろ姿でもと撮った写真は、現像から戻ってきたときにはマーズパスファインダーの風景写真に入れ替わっていました。」曇りガラス越しの彼女は高音変換された声で悲しげに語る。「私、ひと目でもいいんです。もう一度、もう一度あの人のお顔を見たいんです。もう一度あの人の、筋のはいった口元を見たいんです。」
国際救助隊の四頭身の英雄達に心を奪われてしまった人たちは、世界には案外多いのかもしれないが、ここに登場する少女はそれを夢の中の憧憬に終わらせようとしなかった点で希有の女性であると言える。
そう。少女の、そのあまりに大胆な行動力と奇抜な発想は、我々の常識を遙かに越えるものであり、その結果もたらされる数奇な運命も、聞く者の胸を乱打する激しさを持っていたのであった。
筆者はそこに、この一見いたいけな少女の小さな胸からほとばしる想いの奇妙な魅力を感じ取り、もはやいたたまれなくなって、その勢いの一端を伝えることだけでもできたらと、微力ながら本稿を執筆することにした次第である。
本稿を通じて、国際救助隊を効率的に呼ぶ方法を学びとっていただければ幸いである。
さて、一口に国際救助隊に会うと言っても、それは簡単なことではない。なにせ前述のように、彼らの所在は神出鬼没、出自や国籍さえ正体不明なのだから、まさに雲を掴むような話である。元々コミュニケーションとは、何らかの手懸かりが合ってこそ成り立つものである以上、一般的な捜索方法がほぼ不可能なことが判ってもらえるだろう。
となれば、考え得る、再びの逢瀬への近道はやはり唯一、”自分が危機一髪の目に遭うこと”でしかないと、少女が考えたとしても無理はない。
少女はまずバンジージャンプに挑戦した。
富士急バイナリーランドに、少女の絶叫は何度響いたことだろう。彼女は天のどこかで聞いてくれているだろうことを信じて、実に332回の連続ジャンプを為したのである。いつの間にか下には少女を応援する観衆が輪を作っている。彼女は勇気づけられた。「私の愛のために、みんなありがとう。」(少女はこの時点で連続ジャンプの世界記録をうち立てていた。観衆の声援もそういうものだったのだが、彼女は気づかなかったようだ。)
しかし少女はもう体力の限界だった。フラフラになってもまだ飛び続けるその勇姿は涙なしには見られなかったが、流石に見かねた係員が止めに入った。「もう止めなさい。」「いえ、まだあの人は来ないもの、やりますわ!」少女が強引に係員を振りきろうとした瞬間である。「あっ!」二人は一緒に落ちてしまったのだ。
ゴムに身体を固定されている少女はともかく、係員の方は140mの高さから落下して即死であった。少女はその後30分間、近づいては遠のく血塗れの死体を見ながら呟いていた。
「あぁ、愛って非情ね。」
次に少女は、プロボクサーになる決心をした。
ロープ際に追いつめられて、あわやKOとなれば、颯爽と国際救助隊が助けに来てくれる。彼女はそう思ったらしい。そして彼女は前回の反省もしていた。彼女の自己犠牲的な行為に国際救助隊が遂に答えてくれなかったのは、それがほとんど人に知られることなく行われてしまったからだと。だから少女は決意していた。場末の闘いでは駄目だ。ランクを上げないと、TV中継はされない。国際救助隊も見てくれない。負けられない。子守歌はリングにゃ無いぜ!
一途な想いは千人の力に勝るのか、少女は勝ち続けた。デビュー戦から19戦19勝18KOという凄まじい戦績に、誰からともなく”あしたの少ジョー”と呼ばれたものだ。
そしていよいよ世界戦。「これに勝てばあの人が会いに来てくれる。」ちょっと論理がすり替わってしまった気もするが、その意気込みでいったのが幸いした。全世界が注目する中、2R1分21秒、少女お得意のコークスクリューが相手のこめかみに炸裂し、現チャンピオンはマットに沈んだ。
だが、レフェリーに右手を掲げられ、チャンピオンベルトを腰にまかれながら、彼女はハッとしたものだ。「いけない。勝ってしまいましたわ。」
少女の突然の引退は、世界中に衝撃を走らせたという。
少女は黒ヒゲになった。
危機一髪の初心に帰ることにしたのである。彼女は日々、樽の中に入って剣を刺されながら、天を疾駆して国際救助隊が来るのを今日か明日かと待ちわびていた。元世界チャンピオンの興業とあれば、TV中継も世界的なのだが、当然のごとく、その願いは届くはずもない。甲斐もなく、茜色の空に吹き飛ばされる少女...。
「あぁ、愛って耐えることなのね。」
そしてその日も彼女は、勇気の出るあのテーマを口ずさんでいた。
”呼んどりゃーすなも。あの声は、SOSだがね。”(版権に引っかかるため、歌詞の一部を変更しました。著者。)
少女は雷に打たれたような衝撃を感じた。そうだ。徒に危機一髪になるだけでは駄目だったのだ。国際救助隊は、災害によって危機一髪にならないといけなかったのだ。
彼女は黒ヒゲも辞めた。首が飛んだと、周囲は言った...。
心機一転、少女はまず手始めに、某動物園前の共同ビルをガス爆発してみた。だが国際救助隊は来なかった。
仙台でレギオンの卵を発射させてみた。それでも国際救助隊は来なかった。
いったい、彼らは何をしているのか。焦った彼女は、最後の手段として東京へのコロニー落としを敢行しようとした。
だが、導火線に点火するマッチを手にして、少女ははたと思い留まった。これとて闇雲に行ったのでは命を粗末にするだけではないのか。そもそも、阪神大震災では数千を越す人々がその犠牲になった。カンボジアの内戦は日々多くの命を骸と化している。しかしそんな大災害の最中、大空にサンダーバード一号の蒼き体躯を見た者はいない。それならたとえ、東京を火の海にしたとしても、八百屋お七を襲名するだけに終わりかねないではないか。
国際救助隊は世界規模で働いているのだ。その性質からしておそらく私的機関であろう彼らでは、世界に起こる危難のすべてに対処することはとても無理だろう。もしこのまま闇雲に危機的状況を作り出し、その渦中で救助を待ったとしても、うまく彼らが救助に来てくれる確率は、出勤時にブラウンミクロンに髭を剃らされるよりも低いのではないか。
そうした結論に達したとき、彼女は自らの行為に恐怖した。
少女は恋のために無謀だが無思慮ではない。行き詰まった彼女はそこで、どうしたら効率的に国際救助隊を呼べるかを考えた。
彼らの出動する事件には、必ず無線の交信する環境が存在することが解決のヒントになる。すなわち、国際救助隊がある事件を知る方法は、どこかでSOSを受信するか、傍受するかしていると考えられるのである。
電波を発信すると言えば東京タワー! そこでの危機と言ったら!!
少女はモスラを呼んだ。
東京タワーの特別展望台で鏡を立てて、いかにもな格好で詩を唄ったのだ。いくら何でもその大きさの違いから無理があると誰しも思ったが、これと思った彼女には何を言っても通じる筈がない。だが何と言うことか、三日三晩続けて唄い続けた甲斐があったのか、本当にモスラの幼虫が出てきてしまったのだ。
したり顔の少女は更に声を張り上げる。さぁ繭を作って頂戴。
幼虫はそうして、彼女の意に添うように近づいてきたのが...。なんとモスラは、東京タワーに繭ではなく、その大きな頭部で一撃をお見舞いしたのだ。
どうも幼虫がわざわざ出向いて来たのは、質の悪い偽物退治のためらしい。怒りの赤い眼で尻尾を繰り出す幼虫の攻撃に、東京タワーは本当に崩壊寸前になる。
「愛って、儚いものなのね。」
その時である。上空に蒼い影が現れたのは。少女が声を挙げるまでもない。それは紛れもなく、サンダーバード一号であった。
「お嬢さん。大丈夫ですか。」目元涼しいが大きな顔の青年が、コクピットから叫んだ。
少女は信じられなかった。願いが叶ったのだ。あぁ、これから彼と二人の、バラ色の人生が始まるんだわ。だが彼女は、嬉しさのあまり...上空の彼にカメラを向けてしまった。
これがいけなかった。青年はハッとして、「なんだ、ロケだったのか。」と言い置いて去っていってしまったのである。
しまったぁ。少女は思った。思わず堀江健一してしまったわ。(by太平洋ひとりぼっち)
勿論東京タワーは崩壊した。
少女はそれでも命を取り留めた。とはいえ万策尽きた彼女は暫く、絶望の淵に堕ちていた。これでもう自分の人生は終わったのだわなどと言っていたのだが、自宅の郵便受けにひょっこりTVの出演依頼が舞い込んでいたことが転機につながった。半ば冗談で出しておいたプロポーズ大作戦に出られるというものだった。
本番、参議院議員と鬼籍に入った司会者の前で少女は祈った。カーテンをひいた円舞台が半回転し、総員注視の中、カーテンが両側に開いた。
なんと、桂きん枝の隣には、青い制服を着こなした金髪の青年が立っているではないか! げに恐るべきは桂ネットワーク!!
少女は夢見心地で彼のもとに近づき、話しかけようとした。会場内の期待もいやが上にも高まったその瞬間。
「!!」何かに気づいたように彼女は突然立ち止まり、数秒の黙考の末、「なぁんだ。」と言ったきり会場から出ていってしまったのである。
いったい何が起こったのか、困惑しながらも引き留めようとする番組ディレクターに、少女はこう言ったという。
「だってあの人、ヒモ付きなんだもん。」
|