紙おむつ業界の抱える問題と、その打開策

水田 徹



1.序
 紙おむつが布おむつの代わりに用いられるようになってから久しい。現在では、育児の必須アイテムとなった感のある紙おむつ。この紙おむつを生産・販売する、いわゆる紙おむつ業界は、隆盛栄華を極めているが、その将来は必ずしも明るいものではない。本論文では、その問題点を指摘するとともに、その打開策を提示すものである。

2.紙おむつ業界の問題
 かつては布おむつに対抗する存在だった紙おむつも、布おむつに対して圧倒的に優位に立ち、1つの商品ジャンルとして成立するようになった。そして、紙おむつ業界内の商品競争によって、単なる紙製のおむつであった紙おむつは、様々な機能を謳う機能商品として進化した。男の子用、女の子用、パンツ一体型、かぶれやすい子向け、サイドガード、ウエストギャザー、エアースポッツ等々、多様化、細分化が進んできたのは周知の通りである。

 紙おむつ業界が、紙おむつの開発において、最も注力してきたことは「快適性」である。吸収材の高性能化しかり、通気性の向上しかり。無論「快適性」の追求は、おむつをはかされる側=乳幼児側のみにとどまらない。むしろ、パンツ型への進化や、漏らしても不快感を与えないことにより、乳幼児が泣きわめくことを抑えることは親の手間を省くためのものである。そもそも、紙おむつが生まれた背景は、紙おむつは布おむつと違い使い捨て出来る、という親の「快適性」の為である。
 つまり、紙おむつの開発思想は、着用する乳幼児のためではなく、着用させる親側を指向しているのである。それは、紙おむつを選択し購入するのが、乳幼児でなく親である以上、仕方がない。しかし、そこに問題はないだろうか。
 現在の紙おむつの性能は我々が想像する以上のものがある。業界の鋭意努力によって開発された紙おむつの快適性のレベルは、「おしっこをしても気持ち悪くない」どころか、「おしっこをするのが気持ちいい」の域まで達しているのである。「まさか?」と思われる方は一度自分で確かめられたい。
 実は、この抜群の吸収力が逆にあだとなるのである。おしっこを漏らすことによる不快感が無いどころか、それが快適ですらあるとしたら、乳幼児はいかにして、おしっこを漏らすことがいけないということを学べばよいというのであろうか。
 従来ならば、おしっこを漏らしたときの不快感により、乳幼児はおしっこを漏らすことが自分にとって不利益となることを実感として感じとってきた。それゆえ、おむつ離れの時期には「おしっこはトイレで」というきまりを自然に受け入れることが可能であった。ところが、現在ではおしっこを漏らすことに対する罪悪感を感じることは不可能になっている。
 実感として受け入れられていない、「おしっこはトイレで」というきまりを分別のつかない乳幼児が修得するのは困難である。理性的に物を考えることをしない乳幼児にとっては、紙おむつにおしっこをする方が気持ちが良いのである。道徳的、社会的きまりである「おしっこはトイレで」を理解するには今少しの精神的成熟が必要なのだ。必然的におむつ離れの高年齢化という問題が引き起こされるのである。
 この問題点を放置せず何らかの解決策を提示することは、紙おむつ業界の社会的責任であり、それなくては紙おむつ業界存続自体が危ぶまれると言えるだろう。

 紙おむつ業界の抱える、もう一つの問題は業界の閉塞である。
 紙おむつの「快適性」実現のドライビング・フォースは主に吸収材の性能向上によってきたことに異論をはさむ余地はない。「快適性」を追求した紙おむつ業界の、いや、吸収材開発班の努力はまさに実を結び、その技術は完成の域に達したといって良い。
 事実、吸収材開発競争はいまや不毛なものになってきている。乳幼児が漏らすおしっこの量など知れたものである。いくら吸収材開発班が鋭意努力し、より高性能な吸収材を開発したとしても、乳幼児向けの紙おむつに使用するにはすでにオーバースペックなのである。いや、むしろ余りに吸収性能を良くして、おしっこ100回でも大丈夫なんて商品を出したところで、紙おむつ消費量が減少し、紙おむつ業界にとってはマイナスに働くと言っても良いだろう。
 紙おむつ業界の発展を支えてきた吸収材開発に行き詰まりは、紙おむつ業界にとって大きな重大事件である。そもそも、紙おむつの開発は、吸収材開発班のやる気に支えられてきたと言っても過言ではない。それがなくなった今、紙おむつ業界は成長期から安定期に入ったといえる。そして、それは衰退期を間近に控えていることに他ならない。最近の紙おむつの新製品が、通気性の向上だの、はき心地だの些末なセールスポイントしか打ち出せていないことはその証と言えよう。このような閉塞した状況を打破しない限り、紙おむつ業界の未来はないだろう。

3.「おむつ社会」
 おむつ離れの高年齢化の問題を論じる前に、おむつ離れはしなくてはいけないのか考察する必要があるだろう。簡単に言えば、おむつ離れをする必要がなければ、おむつ離れの高年齢化などという問題も必然的に消えて無くなるのだ。
 その線で考えてみよう。例えば幼年期を過ぎて、少年期、青年期、成人に至るまでおむつを着用し続ける社会というのがあってもよいのではないか。大人になっておむつを着用するなど、一度おむつ離れをしたものにとっては、奇妙に感じるかもしれない。しかし幼い頃からずっとおむつを着用し続けたものたちにとっては、それは我々が服を着るのと同じくらい極めて自然なことに違いない。そのような社会を、仮に「おむつ社会」と名付けよう。

 「おむつ社会」が我々にもたらす恩恵は計り知れない。「おしっこを我慢する」、この意味のない行為のために一体どれだけの人がつらい思いをしてきたのであろうか。「おむつ社会」の到来により、人々はこの苦行から解放されるのである。
 長距離ドライブ中トイレに行きたくなって慌てる必要もない。街でトイレを求めてデパートに飛び込む必要もない。授業中に漏らしてしまってみんなにはやしたてられたという暗い過去を心に病む者もいなくなるだろう。そこまで行かなくても、授業中に「先生、おしっこ!」と言う、かなり度胸を要する行為のために逡巡することもなくなる。寝小便をして親に叱られることもない。
 「おむつ社会」においては、自分の欲求の赴くままに用を足してかまわないのだ。したいときにする、これが基本である。そもそも、自然界に存在するほとんどの生物は、特別な目的がない限り用をたすのを我慢したりしないではないか。そして、我々人間にはそのような特別な目的などはない。ただ、衛生,道徳上の問題から、ところ構わず用を足すわけにはいかず、トイレで用を足すより仕方がなかったのだ。「おむつ社会」到来により、人間はようやくあるべき姿に戻ることが出来ると言えよう。
 「おむつ社会」がもたらすのは、このような恩恵ばかりではない。公衆便所等の整備や汚水処理に費やされるはずであった公共費用を、他の社会資本整備に投入することが出来るなど、我々はより豊かな社会生活を約束されるのである。

 それでは、この「おむつ社会」は紙おむつ業界にとってどのような利点があるのであろうか。言うまでもなく、紙おむつ商品バリエーションの拡大である。今までは乳幼児用と老人用位しかなかった紙おむつであるが、「おむつ社会」においては全ての年齢層がターゲットとなる。
 乳幼児用,幼稚園児用,小学生用,中学生用,高校生用,大学生用,成人用,中年用,熟年用,老人用と、大雑把に分けてもこれである。更にその年齢層を嗜好や性別で細分化していけば、そのバリエーションは無限といってもいい。営業用,研究職用,管理職用など、職種別紙おむつも当然考えられる。
 そして、この「おむつ社会」においては、現状では不毛と考えられてきた吸収材開発競争もまだまだ欠かせないものとなる。乳幼児向けであれば、1日分持てば充分であった吸収性能も、大人向けとなると話は別である。太平洋ひとりぼっち用90日タイプや、−40℃でも吸収力を維持する南極探検隊用180日用(寒冷地仕様)など、要求される性能はまだまだ限りない。吸収材開発班のやる気も出るというものだ。海女さん用紙おむつ、紙おむつ一体型水泳パンツといったチャレンジングな商品も、吸収材開発班のがんばり次第では夢ではないだろう。

 このように「おむつ社会」への移行は、紙おむつ業界そして我々にも多大な恩恵をもたらす、紙おむつ業界起死回生の一手となるだろう。当然、紙おむつ業界が率先して「おむつ社会」を啓蒙していくことが、「おむつ社会」への移行へは欠かせない。
 しかし、人間は変化を好まぬ生き物である。「非おむつ社会」を今まで暮らしてきた我々の大半は、頭では良いと分かっていながらも、このような「おむつ社会」を受け入れられない可能性も高い。また、かつて紙おむつ業界に絶滅させられた布おむつの轍を踏むまいと、パンツ業界は必死の抵抗をするだろう。「おむつ社会」においてパンツ業界は、紙おむつ業界に取って変わられるといっても過言ではないのだ。
 このような状況の中では、いくら紙おむつ業界が啓蒙に努めても、スムーズな「おむつ社会」への移行は難しいだろう。無論、最終的には「おむつ社会」が受け入れられる事になるとはいえ、紙おむつ業界の閉塞した現状では、そのような悠長な事を言っている余裕はない。「おむつ社会」への移行をのんびりと待っているうちに業界は老衰し、二度と立ち直れなくなってしまうのだ。やはり、おむつ離れの高年齢化を防止する手だてを早急に打つ必要がある。

4.紙おむつ業界、次の一手
 このような状況の中で、紙おむつ業界が次に打つ手は一つしかない。それは「おむつ離れ用・紙おむつ」、すなわち、おしっこをすると不快感を引き起こす紙おむつの開発である。おむつ離れの時期に来た乳幼児にこの「おむつ離れ用・紙おむつ」を着用させることにより、乳幼児はおしっこを漏らすべきでないということを実感としてを学べるのである。
 そして素晴らしいことに、この「おむつ離れ用・紙おむつ」の開発は極めて短期間で行うことが可能なのである。すなわち、紙おむつの要となる吸収材は、紙おむつ誕生期から現在に至るまでの開発過程で生まれた吸収材をそのまま利用出来るのである。現在のものに比べれば吸収力の弱い、任意の吸収力を持つ吸収材や、出来損ないで全然吸収力のない吸収材など、新たな技術の開発とともに闇に埋もれていた技術が再び日の目を見るのである。その気になれば「おむつ離れ用・紙おむつ:おむつ離れ初期,中期,末期用」といったラインナップだって可能である。
 無論、今まで紙おむつ業界を支えてくれた吸収材開発班の活躍の場は、残念ながらここにはない。しかし、彼らには来るべき「おむつ社会」において要求されるであろうさまざまな吸収材開発が控えている。今のうちから、それらの開発に取り掛かるのが賢明であろう。
 「おむつ離れ用・紙おむつ」。これは、おむつ離れの高年齢化を防ぐという社会的責任を果たすと同時に、新たな需要を引き起こせ、なおかつ旧態化したはずの技術を再利用できるという、紙おむつ業界にとって正に一石三鳥の一手である。これで、紙おむつ業界の未来は安泰といえよう。



論文リストへ