上野均
黒色火薬、活版印刷、羅針盤。いわゆるルネサンスの三大発明である。
黒色火薬は騎士たちを失業させ、その圧倒的な破壊力で、ヨーロッパの力の優位を基礎付けた。活版印刷は大量にして均質な複製情報をもたらすことで、高度な情報システムを準備し、羅針盤は天体観測などの技術と結びつきながら大航海時代の幕を開いた。軍事、情報、領土の膨張。我々が知る「ヨーロッパ世界」は、ここにおいて成立を見るのである。
しかし、同時に、現代社会の持つ様々な問題の種子も、ここに顕われていると言わざるを得ない。黒色火薬に端を発する西欧的爆破技術は、どれだけの土地を灰にし、二酸化炭素と化してきたか。鉱山の開発でも火薬の果たした役割は大きい。ダイナマイトの導入がどれだけの鉱脈を致命的にしてきたか。また鉱物を基礎とした重化学工業がいかに地球を痛めつけてきたか。改めて論ずるまでもないだろう。
また印刷技術の開発はイコール紙の使用料の破滅的増加につながる。莫大な森林が、黒いインクをより鮮明に際立たせるというだけの目的で伐採され溶かされ、殲滅させられたのである。
こうした災疫がヨーロッパに留まっているうちは、まだ良かった。この破壊の種は全世界にばらまかれていく。それを可能にしたのが羅針盤技術に代表される航海技術だ。ヨーロッパ世界は、軍事力(火薬)と情報システム(活版印刷)の優位を背景に、他地域の文化を蹂躪、略奪、破壊し尽くすのである。ヨーロッパ世界の支配下におかれた他地域(ラテンアメリカ、アジア、アフリカなど)は、ヨーロッパ世界の方法論と拙速といっていい荒っぽさで模倣する。ここに全地球的環境破壊システムが成立するのである。つまり、ルネサンス期の三大発明は、地球環境破壊三大発明でもあったのだ。
技術によってもたらされた災厄は、技術によって癒されなくてはならない。いま、我々の急務は、これに対抗する、地球に優しい技術を提示することにある。
現在では、あらゆる場所が環境破壊の最前線となっている。コンビニのビニール袋は際限なくたまり、駅では今日発売の週刊誌がドカドカ捨てられる。なかでもファミリーレストランは眠らない地球環境破壊工場といってよいだろう。今こうしている間にも、割り箸は割られ、ストローは折られ、爪楊枝はシーシーされて、もはや旧に復することなくうち捨てられるのみである。
そこで提出したいのが、ファミレスで地球を救うための三大発明だ。
まず第一に「割り箸再生機」。原理は簡単、使用済の割り箸を徹底洗浄したあと、のりでくっつけて完成である。
技術的な課題としては、衛生上のものが挙げられるだろう。伝染病防止のため、強力な消毒液に、木質の隅々に行き渡るまで浸す必要がある。このとき同時に、やはり強力な漂白剤で、箸に染みてしまった醤油などを除去するのが望ましい。この基準は厚生省によって定められる。必要ならば木質がボロボロになる寸前まで薬品につけることも辞すべきではない。
続いて乾燥となるが、これはもちろん日光によるものが望ましい。しかし天日干しはコスト高になるのも否めない事実だ。紫外線照射による文化干しが主流となるであろう。
最後に接着であるが、業界の一部にはこの工程は省略可能ではないか、とする声もある。割り箸の本質を見誤った愚論としかいいようがない。あのパシッという音、感触が、みそぎの記憶を日本人に喚起し、清潔感を保証しているのだ。よしんば、先のふたつの工程(洗浄、乾燥)において、防疫上の課題が全てクリアされたとしても、割り箸がバラバラかつ不揃いでは、とうてい日本人の信頼は得られまい。
たしかに接着にはある技術的困難が存在することも否定し難い。割り箸はなかなかシンメトリー、左右対称には割れてくれないものなのだ。この点、一次使用割り箸製造業者の猛省を促すとともに、割り箸を美しく割る技術教育の徹底が待たれるが、それはさておき、すでにいびつに割れてしまった割り箸はどうしたらいいか。また回収モラルの高い使用者ならば、使用した箸を箸袋に戻しておく。この場合は対が保たれているからそのまま接着すればよいが、バラバラのまま捨てる輩も少なくない。以上の二点から大量回収、大量再生を前提とした場合、回収割り箸の“削り”の作業は不可欠となる。
当然のことながら“削り”を入れた割り箸は細くなる。二次使用、三次使用まではまだいいが、二桁近い再生を繰り返すと、さすがに箸としての強度に疑問が生じてくる。そこで“貼り足し”という工程が必要となる。過剰にえぐれてしまった割り箸を、微細な木片で補正するのだ。“削り”は機械にも出来るが“貼り足し”は熟練した職人の技を必要とする。そのため、高価なものとなるのも致し方ない。もちろん、誇りある日本人なら「総檜天日干し七代目梅右衛門貼り足し」の割り箸を選ぶこと、火を見るより明らかである。伝統技術の保護にもつながり、一石何鳥もの効果が期待できるというわけだ。
続いて「爪楊枝削り機」の検討に移ろう。原理はこれまたいたって単純。鉛筆削り機の極小版と考えれば良い。
機構上、三つの方式が考えられる。すなわち、爪楊枝の頭にキャップ状に取り付け、回転させる「キャップ型」。爪楊枝を差し込み、ハンドルを回す「ハンドル型」。突っ込むだけで削れていく「全自動型」だ。ここでは、前歯用、奥歯用など、用途に合わせてシャープネス(先端の尖り方)が調節できる「全自動型」を推奨する。
使用した部分を削るため、当然、爪楊枝は短くなる。ここで捨ててしまっては環境保護の精神が泣く。チビた爪楊枝を活用するための「爪楊枝ホルダー」を併用することが望ましい。爪楊枝のお尻の二つの溝に、ホルダーをねじり込み、長さを調節する。最後まで爪楊枝を使いきれるというわけだ。
アメリカでは歯と歯の間の汚れを取るため、フロスという糸を使用する、と聞く。日本でも歯の衛生や口臭にコンシャスな、アメリカかぶれのデオドラント野郎が愛用しているようだが、爪楊枝で歯をせせるのはおじさん臭く、フロスを器用に操るのはイカすというのは、本質を見ていない浅薄な思想といえる。爪楊枝削り機の使用により研ぎ澄まされ、手に馴染んだマイ楊枝を巧みに操る姿は、おそらくニューヨーカー、パリジャン、ロンドンっ子をも魅了し尽くすことであろう。
さて、最後になるが、ストローの再利用を考えてみよう。ストローの洗浄というものはやってみるとなかなか難しい。水を上から流すだけでは、どうも心もとない。内壁にこびりついた汚れが水圧だけで落ちにくいばかりか、ストローのなかには空気が充満しており、その空気の圧力でなかなか水が通りにくいのである。
そこで提案したいのが「ストロー洗浄棒」である。理科室にあった「試験管洗い」をご記憶だろうか。針金に黒いナイロンの毛が植えてあり、試験管に突っ込んでグシグシやるアレだ。これをストローに応用すればいい。洗浄棒の軸は空洞になっていて、極小ホースがつなげるようになっている。ナイロンの毛の毛根のところに細かい穴が開いていて、そこから水が出る。より完璧な洗浄を目指して、電動歯ブラシの原理を利用した「電動ストロー洗浄棒」、あるいはジェット水流を応用した「ジェット洗浄棒」も可能だ。
再利用は、環境破壊に対する闘いである。勝つか負けるか。勝利か滅亡か以外に選択肢はないのだ。
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