ひあろ
女性には出産という男性には絶対にできない仕事(?)がある。
最近では、出産を終えた芸能人や著名人達がテレビや本などで、出産とはいかなるものであるかを語ったり、それ専門の雑誌が創刊されるなどして、将来出産するであろう(または現在妊娠中の)女性のために情報が出回っている。そのため、私は男性で結婚もしていないが、なんとなくそれがどんなものであるかが分かっている。
どうやら、むちゃくちゃ痛いものらしい。また、妊娠中も腰痛やはき気などの苦痛(もしくは苦労)がかなりあるとのことだ。妊娠後期には、通常の家事などはもちろん、歩くことさえわずらわしくなる。身体的な苦難のみならず、精神的なそれも大きいという。そんな幾多の苦難を乗り越えて無事出産を終えられた女性の強さには、まったく頭が下がる思いである。
ところで、帝王切開のケースは年々増えているらしい。その産婦人科(もしくは病院長)の方針とか傾向もあるが、数%から多いところでは30%にもなるという。増えている原因としては、
1.技術面、衛生面で格段に安全になった。
2.その方が母子ともに安全と考えられる場合がある(胎児が大きすぎるとか、
逆子(さかご)である場合など)。
この現象は我々にいくつかの点を示唆してくれる。直接的には、
1.大きすぎる胎児はかえって危険である。
2.自然分娩よりも母子の安全の方が重要。
3.帝王切開は、もはや最後の手段ではなく、選択枝のうちの一つである。
また、付随的には、
4.現代医療は、めざましい発展を遂げている。
5.妊娠、出産はそれ自体が危険な現象である。
ということである。そんな妊娠、出産の危険や苦痛から、なんとか女性達を解放もしくは負担を軽くしてやることはできないものだろうか。
人間に限らず、出産をするすべての動物は、その妊娠期間がほぼ決まっている。もちろん個体差があるが、人間の場合は40週間前後(約10カ月弱)とされている。赤ん坊は、その期間中に、生まれてから必要なすべての機能を備えなくてはならない。
例えばシマウマのようなサバンナの草食動物は、ライオンなどの肉食動物に襲われる危険性をなるべく少なくするため、生まれてすぐに自らの足で動くことが必要となる。そのため、母親の体内で十分に成長してから生まれることが必要であり、55週間という妊娠期間は、そのために必要な長さであると言える。
逆に生まれた後に親に守ってもらえたり、また、外敵に襲われる危険性の少ないライオンのような動物はわずか14週間の妊娠期間で生まれてくるし、カンガルーのように外敵がほとんどなく、疑似子宮ともいえる袋を持つ動物では、超未熟児で生まれても不都合がなく、妊娠期間は実に4週間という短さだ。要するに妊娠期間は外界へ出てきた後の赤ん坊の危険性と密接な関係があると言える。
さて、人間だが、果たして10週間も母親の胎内にいる必要があるのだろうか?母体にそこまで、苦労と苦痛を与えてまで、胎内に留まるほどの危険が人間の赤ん坊にはあるだろうか?
現代では、無い、と言っていい。
外敵に襲われることはまず100%ないと言えるし、シマウマの様に生まれてからすぐに立ち上がる必要も全然ない。出産時、出産後も衛生面の改善、科学や医療設備、医師達の知識の進歩によって危険性はどんどん少なくなっている。現代医療は未熟児であっても正常に成長させられるのである。例えば、人工保育器は、人工子宮といってよいくらいの働きをするし、妊娠24週間(約5カ月半)を過ぎれば、なんの障害(例えば脳障害)もなく正常に成長する可能性があるという。実際、未熟児で生まれ、世界記録を出すほどまでのスポーツ選手になった例などもある。
ならば、意識的に早産して、妊娠中の苦しみや、出産時の苦痛を少しでもやわらげることができるのではないか。40週間もの間、苦しむ必要はないのではないだろうか。早産のメリットは胎児が小さいうちに産むことで、妊娠期間の短縮とそれにともなう苦痛の早期終了と、出産時の痛みの軽減とがある。
現時点では、24週間ではまだ危険性の高さはあるものの、将来的にはほぼ確実に安全に成長させられるようになるものと思われる。とりあえず、生存に必要な機能さえそろっていればいいのだから(カンガルーの赤ん坊を見よ)、もっと将来には、妊娠10週間程度で出産しても正常に成長するようになるかも知れない。極端には、妊娠しなくても、つまり、受精からすべて試験管の中で行なうことも可能になるだろう。
もちろん問題点がないわけではない。
母乳は出産することによって出るようになると言われるが、完全試験管ベビーは母乳をもらえないことになる。子供の免疫機構その他重要な機能は妊娠中や母乳から受けるという話だがこの点をクリアできるのか? ただし、母乳の問題は現在でもミルク(人工栄養)だけで育てることもあるから大丈夫なのだろう。
また、腹を痛めずに生んだ子供に対して母親は愛情をそそぐことができるだろうか?母子の精神的なつながりは確保できるのか? もっとも、これも「養子」として迎えた子供を実の子同様の愛情をもって育てている人々も大勢いるのだから心配する程ではないかもしれない。
その他、胎児の健康および身体機能は本当に大丈夫なのか? 早産すれば出産後の保育期間が長くなり、それにともなう新たな苦労と出費の問題は? そして、倫理的問題はクリアできるか?などなどの問題は残されることになる。
しかし、早産のメリットはそんな問題点を補ってさらにあまるほどの大きさを持っていると言える。
まず妊娠期間が減り、身体的、精神的負担が軽くなる。出産時の苦痛が減る。働く女性にとっては職場復帰が早いかもしれない。ただし出産後の子育て期間が増えるが、これは夫または夫婦の父母などが参加できるため、その苦労は妊婦一人が40週間もの間たった一人で負担するのとは比べものにならない。
考えてみれば、人類は、出産時の苦痛を少しでもやわらげようと苦心してきた。医療設備の充実、正確な情報の公開、また、出産時に夫が立ち会うのも精神面での妊婦へのサポートである。
次なる段階は、早産(=妊娠期間の短縮化)しかない。ただし具体的な方法については、今後の医療、科学、倫理の進歩を待つしかない。例えば、無害無毒な早産誘発剤の開発と早産医療の確立、早産を歓迎する社会倫理の育成、ベビーベッド並に手軽に買えて使える人工保育器の発売など、官民一体となって取り組むべき時期に来ているとも言えよう。
もちろん、一番良いのは、母子共にそういう体に進化することだ。
参考文献
『誕生の神秘』 レナルト・ニルソン(監修・翻訳=坂元正一) 小学館
『どっかのなんとかいう動物図鑑』(立ち読み)
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