ギャオスはソプラノか

加藤法之



 黄昏の空から忽然と忍び寄り、自家の夕食に供すべき人間を狙う。我々の前に初めて公然と姿を見せた時の静かな登場とは対照的に、その後、再三の自衛隊の攻撃をものともせず東京を蹂躙していったその様は、正に悪魔の再来を思わせるに十分であった。ギャオスが日本列島を暴れ回ったときの恐怖と衝撃は、喰われてしまった人達の親族はもちろん、当時東京から疎開された人々に今も尚深い影を落としていて、方々の多くは未だに鳥肉を食べることを忌避し、またそのあおりでケンタッキー翁は悩みが絶えないと聞く。当時の模様は多数の取材班の尊い犠牲の元に撮影されたであろう記録フィルム"ガメラ-大怪獣空中決戦-"によって、現在でもかいま見ることができる。その中に納められているガメラとの死闘の数々は見る者を圧倒し、臨海工業地帯に大打撃を与えたにせよ、ギャオスを葬れたことは人類にとって至上の喜びであったことを実感させてくれる。
 先頃、同映画は一般にも公開されたので、筆者もそこで彼の生物の姿を目に焼き付けることとなった訳だが、その折りにふと、小さな疑問が私の胸に生じたのである。その映画の中では勿論、当時のマスコミも全く触れていなかったので、取るに足らない問題かもしれないのであるが、それが今私をひどく混乱させているのだ。その疑問、即ち、
 ギャオスはどうやって飛んでいるのか
というものだ。

 読者の開口部から扁桃腺の腫れが見えるようだ。それはそうだろう。皆さんが口を揃えて言いたい科白は私には判りすぎるほど判るのだから。
 翼を使ってるんだろ
平明かつ明快な回答である。だいたいその姿形を見れば一目瞭然ではないか。
 その通り、確かにその通りだ。映像中にも彼がその翼を羽ばたかせて悠然と大空を飛び回る様が見事にとらえられており、筆者がその間視覚的に不自由な状態にあって、それに気付かなかったと言うつもりはない。ただ、それはあらゆる場合について適応できるとは思えないのである。
 ガメラとギャオスが急速に高度を上げていくとき、二匹を追尾していた戦闘機のパイロットは「追尾できません。」と言っている。私の見立てではプロペラ機ではなかったからマッハは出ていたであろう。ということはこの時二匹は音速を軽く超えていたことになる。技術的に不可能なだけで、理論的にはプロペラで音速を超えることは出来るはずだから、翼でも音速を超えられるかもしれんだろうとおっしゃる向きもあろう。が、その後の映像では、彼らは大気圏をすら飛びだしているのである。巷間には気象衛星ひまわりから撮ったのではと囁かれている、地球をバックにした二匹の絡みの映像には、成層圏に再び突入する際、隕石の様に真っ赤になっていく様が見て取れるから、100km以上の上空ということになる。空気の無いところで翼が役に立たないことは、スペースシャトルの船外作業員が団扇を持ち合わせていないことからもよく判る。
 一方のガメラが明らかにジェット噴射によって高速飛行を可能ならしめているのに対し、ギャオスの場合は以上のようにその飛行について不可解な点が多い。先に記した筆者の疑問も宜なるかな。以上のような理由から、筆者は記録映像に残されたギャオスの生態を隈無く観察し、その中の情報からできればこの謎を解きあかしてみたいと思い立った次第である。

 最初に考えたのは、放り投げ説。つまり、真上に石を投げた場合、その投げ上げ速度が大気圏脱出速度を上回っていればその石はもう戻ってこない。これと同様に、ギャオスは予めそのスピードにまで達してから上昇を始めたのではないかというものである。将来のスペースシャトルは現在のような垂直打ち上げ方式ではなく、加速用のレールの上を走らせて勢いをつけてから空中に放り出す安上がりな打ち上げ法を検討しているから、あながち笑い飛ばす話ではないように思える。
 しかし実際には、ギャオスは高速飛行中はおろかその加速段階においてすら殆ど羽ばたかなくなる。それどころか翼を折り畳んでしまうのだ。この時の形状は高速戦闘機によく見られるデルタ翼と相似であるから、空気抵抗を少なくしようとしてとっている姿勢であることは明らかである。
 ここにおいて羽ばたき説に決定的に不利な証拠が出てしまった。ギャオスは少なくともその飛行手段としては寧ろ空気を邪魔にしているのである。この事実の前に形態学的ファンダメンタリスト達が膝を屈し、カトリックから改宗したのも無理はないだろう。

 磁力説。体内の磁気ベクトルを地磁気を反作用させるようにして加速や浮上をしているのではと考えたが、東京タワーの脇を掠めたときに、タワーに張り付かなかったことからこの説も間違いである可能性が高い。

 超伝導体説。磁力説の亜流。くるくると回転していないので没。寧ろガメラの飛行に対する新説と成り得るかもしれないが、ここでは言及しない。

 ユダヤの陰謀説。友人の宇野鋏に相談したところこの説を唱えた。ムー帝国トリトン五世の治世時に発足されたイルミナティが、太陽黒点に設置した飛び込み台からパピルスで編んだ糸を垂らして操っているというのだが、何のことかさっぱり判らないので棚上げにしてある。

 諸説に行き詰まって困り果てた筆者は心機一転、改めてギャオスの生態について観察し直してみた。
 幼体におけるギャオスの飛行方式が翼にあることは疑う余地がない。先に述べた羽ばたく映像の多くはこの時期のものであり、滑空する速度もセスナと同程度である。福岡ドームに降り立った際の着地の様も鳥のそれに近い。となると、成体がギャオスの謎の鍵を握っている。
 成体になるのは従来は、飛騨山中における脱皮以降ではないかとされていた。が、筆者はここで新説を採る。即ち、福岡ドームの時点で成体になった。少なくとも、今までとは違う身体構造になったと。
 そう言い切る根拠は、ギャオスが初めて口から光線を発したのがこの福岡ドームだったからである。それまでのギャオスは明らかに光線を発しなかった。そうでなければわざわざ斬られるような檻を作るとも思えない。宿敵ガメラに対する恐怖がギャオスをして成長を早めたのであろうことは決して考え過ぎではない。
 ところでこの怪光線、一般には超音波メスと呼ばれているのだが、筆者はどうもにわかには信じがたい。超音波で共鳴させてゴミを落とす食器洗い機もあるくらいだから、檻が破断するのなら判る。が、檻は切れているのだ、そして飛騨山中での映像。ギャオスの怪光線によって腕時計が割れ、釣り橋の金具が外れている。これは一種大槻教授のプラズマ何でも説明に近いものを筆者は感じる。上記の内で超音波が原因と言い切れるのは腕時計くらいであろう。そもそも超音波は目に見えないと思う。
 実はこの怪光線の正体こそが、飛行の謎をも含めたギャオスの秘密ではないかと筆者は考えている。

 筆者が考えるギャオスの怪光線の正体とは。それが重力波ではないかというものだ。
 そう考える根拠は三つある。まずは先ほども出た釣り橋の金具である。金具は切れたと言うよりも下から引っ張り伸ばされた感じなのだ。重力波によって金具自身が重さを増されたとしたらそうなるだろう。
 二つ目は光線の屈折作用だ。ギャオスの口から発せられた収束前の光線は周囲の場に揺らぎをもたらしている。これはまさしく重力レンズの結果であろう。収束しきったとき、線状になった波部分に吸い寄せられるエネルギーの弱い赤外線は加速されて可視光体になり、ために光線として見える。
 三つ目は檻の破壊。一点集中である部分だけ重力が高まったならば、周囲との力の差が開く。つまり波の進行方向に沿って押し切るような感じになる。大山倍達氏が手刀でビール瓶を真っ二つにした勇姿を忘れたとは言わせない。

 もうおわかりであろう。ギャオスの飛行の秘密もここにある。彼は自身の前に重力場を創り出し、それに自分を引っ張らせていたのである。光を曲げるほどの重力源だ。たかが数十トンなど軽いものだろう。
 つまりギャオスは空を飛んでいるように見せて、実は落ちていたのである。空の上へ上へと落ちていく姿を思い浮かべていただきたい。これこそ、今までの疑問を全て氷解してくれる理論なのだ。

 自分の前に重さの元を出してしまう。そんなことが出来るのだろうか。これは、ギャオスがレトロ怪獣だったことに起因しているように、筆者には思われる。
 彼は、おもいでの怪獣になっていたのである。


参考資料

 1.ガメラ-大怪獣空中決戦- (大映・東宝)
 2.空手バカ一代 (東映ビデオ?)
 3.Newtonバックナンバー
 4.科学朝日バックナンバー



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